天涯孤独だった粧子には
部屋の整理をするものがおらず、
半ば自責の念から
最後の同居人であった小暮が
その役を務めるかたちになった。
天涯孤独だった粧子には
部屋の整理をするものがおらず、
半ば自責の念から
最後の同居人であった小暮が
その役を務めるかたちになった。
ついでに
何個か小暮自身の私物が
もし残っていたら
処分しようとも思った。
最初に小暮の目に映ったのは
リビング兼施術部屋に
飾られた整体幕と
陳列された健康マット
をはじめとした施術器具、
サプリメントの数々だった。
・・・
懐かしいような煙たいような
気持ちにさせる古巣に
久々に足を踏み入れて
驚いた事が三つあった。
一つは
そのまま自分の部屋が
煙草の位置すら
出て行った当初から
何一つ変わっていなかったこと。
もう一つは
彼女のケータイには
患者からと思われる
無数の着信やメールで
埋め尽くされていたこと。
そして最後の一つは
パチ屋の景品で取った
向日葵がベランダで強い西日を
浴びて今も元気に風に揺れていたこと。
ごめんなさい。私、忍を今でも待ってるんです。本当にバカでごめんなさい。お金はもう絶対借りに来ませんので
小暮は部屋のタバコを
手に取って煙草を咥えたが、
一旦戻して
向日葵の種をもいで
慣れた手つきで割って
白い実をかじった。
濃厚なバタ臭さと
口の中いっぱいに広がる
品の無い甘みを
じわりと噛みながら、
粧子の言葉が蘇ってきた。
愛情を持って大事に育てれば大丈夫
忍は自分に甘いんだよ！
忍は本当に好き嫌いの多い人だよね
大きくて温かい手なんだから。きっと良いカイロプラクターになれるよ？
俺と向き合う事で
ずっとあいつは孤独と
戦っていたんだ。
自分が厳しい現実から
逃げ出さないように。
自分が選んだ
生き様を続けていくために
本気で生きていた。
気づかないフリして
戦う事から逃げたのは
俺の方じゃないか…
クソ野郎！！
何をやっているんだ俺は
俺は一体あいつの
何を見ていたんだ
そんな思い出を噛み締めているうちに
小暮の頬には涙が伝っていた。
口の中は向日葵の種と
嗚咽にまみれてひどい有様になっていた。
甘すぎて苦手なんだよな。
これも俺自身も。
❝私の目はあなただけを見つめている❞
向日葵の花言葉には
そんな意味もあるらしい。
花はそれを知ってか知らずか
あの日と変わらずに
向日葵は風に揺れ続けている。
小暮はその足で
携帯の患者と備品の相談に
同じカイロプラクティック整体師で
粧子と親交のあった森加奈子の元を訪ねた。
小暮ともギャンブル仲間である。
どうしたのその怪我？悪いけどウチは整形外科じゃないし、骨折してる人は診れないのよ？
いや、そうじゃなくて…俺にカイロプラクティックを教えて下さい。お願いします
珍しいわね。その怪我以外にも慢性的なスロットのやりすぎによる腰痛？それとも腱鞘炎？ウチは身内に割引しないスタンスけどいいかしら？
いや、そうじゃなくて…やり方を。カイロで他人に触る方法を教えてほしい
…何となく考えている事はわかるから言わせてもらうわ。もう手遅れよ。あなたが今いっときの感情でしようとしている事。プロとして言わせてもらうわ。これ以上この仕事を舐めないで頂戴。彼女の患者さんは私が何とかするわ
５０００万ある。
俺が生まれてから今日までにギャンブルで稼いできた全財産だ。
これで粧子が君や菅原や方々にした借金の完済。そして彼女の自宅兼施術院の引継ぎ、君が善意で払ってくれている彼女の治療代の折版…つまり安田粧子の金銭に関わる全ての責任請負。そして彼女の患者全員の引継ぎだ
…本気で言ってるの？新しいギャンブルするのとはわけが違うのよ？お金かけた割に集客が見込めるわけでもない。人間関係のトラブルも絶えないわ。その全額で宝くじ勝った方があなたにはよっぽど楽な勝負だと思うわよ？
別に勝ち星が欲しいわけじゃないさ。
昔っから一生を賭けた勝負ができればそれでいいと思っていた。
これがそれなんだ。
俺にサイを振らせてくれないか？
…気持ちはわかったわ。でもそんな体で言われてもね。まずは粧子先生の部屋に山積みになってるサプリメントを摂取して一日も早く治す事から始めなさい
小暮はそれから加奈子の紹介で
彼女と粧子の属する
カイロプラクティック団体に入会。
一年たった頃には
加奈子のサポートなしで
出張施術までこなせるようになった。
しかし、
それでも現実には
カイロプラクティックの集客だけでは
食って行けず、
結局は
スロットやギャンブルで
殆どの収入を得て、
夜中に特定の患者を診る、
という生活の流れが３年で出来上がった。
ったく。どっちがごっこ遊びだかな。
月末のギャンブル収支表と
カイロプラクティックの
売り上げ帳簿を見比べながら
小暮はいつも自嘲気味につぶやく。
続く
