その後のパーティー会場は、相変わらずの大混乱だった。

 なにしろ、主賓の市長が心ここにあらずといった感じだし、主催者の鷹司が警察に連行されてしまった。

 さらには、主催者の娘の美由梨までが、屋敷に引きこもって顔を出さない。

 オマケに、料理には廃棄食材が使われているかもしれない。

 招かれた客は、市長の顔色をうかがいつつも、次第に会場からいなくなった。


 さて。

 そんなざわついた会場のなか、俺はひとり料理を堪能していた。

 敦子たちを待っていたのである。

よお

 しばらくすると、まことと結ちゃんがやってきた。

 俺は皿に取りおいた料理をふたりに渡した。

 結ちゃんは、つま先で背一杯に伸び上がるほど喜んだ。

なあ、美由梨ってヤツはこのままでいいのか?

ああ、ちゃんと追い詰めるよ

屋敷に帰っちゃったんだろ? のんびりしてていいのか?

夜になったら会いに行く

夜ゥ?

 まことは、あごをしゃくるような声をあげた。

 事前に説明したというのに、このリアクション。

 聞いたことを忘れている、というよりは、ちゃん聞いていなかったのだと思う。……。

まあ、美由梨には、おびえて待っていてもらおう

あんた、見た目に反して、意外とおっかないのな

美由梨は特別だよ

 なにしろ2ヶ月も我慢したのである。

ねえ兄ちゃん、あっちの料理も食べていい?

うん、一緒に取りに行こう

あっ、あたしも

 俺たちは鷹司の高級料理をたっぷりと堪能した。——

 16時を過ぎた頃だった。

 あん子と敦子がやってきた。

 ふたりとも、しあわせそうな顔をしていた。

おまたせ

その様子じゃ上手くいったんだね?

株で大儲け。笑いが止まらないわ

近藤さんの慰謝料には足りるかな?

もちろんっ。15時に確定させた分だけで達成よ

 あん子と敦子は、満面の笑みでうなずいた。

 俺は、ほっと安堵のため息をついた。

 あん子に訊いた。

それじゃこの後のことは?

問題ないわ。18時になれば、この敷地内の警報設備は全部オフになる。防犯カメラの映像も、誰も映っていないデータがループする。すべて準備万端よ

SPは?

屋敷のごく少数を除き、会社で待機するよう偽装メールを送ったわ

屋敷内のSPは?

 敦子が不安げな顔をして、質問をした。

 俺は答えた。

美由梨が異変に気づくかもしれないからそのままにした。あいつは追い詰められると何をやらかすか分からない

 すると、まことが不敵な笑みで言った。

まあ、SPとかいうヤツは全部あたしにまかせな

 俺たちは大きくうなずいた。

 そして、鷹司の広大な庭を楽しみながら、夜になるのを待つのだった。——

 真っ赤な満月の夜だった。

 俺は、大豪邸の寝室にいた。

 そこには重々しくおごそかな家具があった。

 ひと目で高級なものだと分かる巨大なベッドがあった。

 石造りの床は、ピカピカに磨かれていた。

まっ、待ちなさい!

こんばんは、鷹司のオジョーサマ

SPは!? それに防犯設備が作動しているはずです、すぐに警官が来るはずです!!

SPならすべて倒した。防犯設備もすべて解除した

バカなっ!? 鷹司のセキュリティは世界有数ですわよ!?

それを破ったのは、キミが下層と蔑む俺たちだ

なっ、なにが望みです

………………

お金ね? お金なのね!?

 美由梨はそう言って、財布を取り出した。

 俺がため息をつくと、美由梨はあわてて金庫から札束を放り出した。

 悲鳴を上げてバラまいた。

 寝室に紙幣が舞った。

 俺はゆっくりと首をふった。

 すると美由梨は逆上した。

ぼっ、ぼっ、防犯カメラがあります! あなたを訴えてあげますわ!! ええ、そうよ訴えてやる!!! 訴えて地獄につきおとしてやる!!!!

防犯設備を解除したことは、すでに言った

だったら、好からぬウワサをたててやる! 学校中に広めてやる!! 二度と外が歩けないようにしてやるわ!!!

相変わらず、えげつないな

黙りなさい! 私に逆らったら終わりよ!! そうよ、高校3年間をみじめにすごしなさい!!! そして近藤さんのように、みじめな最期を迎えるといいわッ!!!!

うるさい

 俺は、美由梨の胸ぐらをつかみ、ドレスを引きちぎった。

 それから、ほっぺたを思いっきり引っぱたいた。

 美由梨は吹っ飛び、床に突っ伏した。

どこまでも下劣でクズな女だ

 俺はため息をつくようにそう言うと、美由梨のもとに向かった。

 そして数分後——。

 床にはボロボロになった衣類が散乱していた。

 服を脱がされた女が突っ伏していた。


 そして女を、俺が踏みつけていた。

いやあァァアアア!!!!

 女は絶望に身悶え、悲鳴を上げていた。

 それが報復を終えた俺には、心地良く聞こえている。

 快美に満ちた音楽のように聞こえている。

痛いッ! 痛い痛い痛い痛い痛いィ!!

 女の絶叫が響きわたる。

 しかし、どれほど叫んでも懇願しても、無駄である。

 救いに来る者など、ひとりもいない。


 俺は残忍な笑みで、女を見下ろす。

 女を踏みつけている足に、ふたたび力をこめる。

 まっ白な女の肌に、革靴のカカトがめりこんでゆく。

痛いッ!

 女が悲鳴を上げる。

痛い痛い痛い痛い痛いィ!!

 女が悲鳴を上げている。

止めなさいッ!

 と、美由梨が悲鳴を上げている。

もう止めてッ!

 と、綺麗な金髪をぐちゃぐちゃにして、美由梨が悲鳴を上げている。

もう止めて! 止めてッ……

 と、学園理事長のひとり娘——今は、不祥事を起こした元・学園理事長のひとり娘の——鷹司美由梨が、悲鳴を上げているのだ。

 そして彼女は、俺に向かって一心にこう叫ぶのである。

止めてください!!

………………

 俺は、彼女の懇願を無視した。

 沈黙を楽しんだ。

 それから全能感に満ちてこう言った。

なぜ止めないといけないのだ?

 すると、美由梨は床に突っ伏しながらも、凛(りん)として言った。

これだけ反省しているのです! 赦(ゆる)しを乞うているのです!! 赦して当然です!!! それが人の道というものではありませんか!!!!

はァ——!?

 と、俺は息をもらして失笑した。

 それから力いっぱい、美由梨のその豊満な胸を押しつぶすように踏みつけた。

 すると美由梨は、

神だってお赦しになります

 と、あえぐように言った。

 彼女は凛として、しかも、とても清らかな顔をしていた。

 俺はその顔を見て、狂ったように笑った。


 それから、まるで汚物でも見るような目で——かつて美由梨が俺に向けたような目で——吐き捨てるようにこう言った。

おまえまさか、クラスメイトを自殺に追いこんだくせに、天国に行けると思っているのか? 親の力で自殺をもみ消し、何食わぬ顔で学園生活を満喫している、そんなおまえに、まだ、神が救いの手を差しのべてくれると、そう考えているのか?

 美由梨は、なにか言おうとして口をとがらせた。

 俺は、それをさえぎるように言った。

彼女の写真は削除した。これから同じような写真を撮ってやる

やめてぇ!!

ダメだ

ひどいっ!

ああ、そうだな。俺はひどいヤツだ。それは自覚している。だから俺は天国に行けるなどと、これっぽっちも思ってない。だいたい、これだけ下劣で、えげつないことを散々しておいてなァ、今さら改心しました赦してください——ってのは、ふふっ、虫がよすぎるだろ

 絶句する美由梨を、俺は嘲(あざけ)り見下ろした。

 そして言った。

尊厳を奪われた彼女の痛みを思い知れ

ゆるしてえ

 美由梨の声が初めてわなないた。

 瞳に火のような涙がきらめき、急に狂ったようにひしと俺のひざにしがみついた。

 それから美由梨は怒ったような、照れたような、くやしがっているような、よく分からない媚びた笑顔をこぼした。

ふんっ

 俺は、まるで汚物でも見るような目で彼女を見た。

 美由梨は、ひどく自尊心を傷つけられたような、そんな顔をした。

 その顔を見下ろした俺は、近藤さんの尊厳を取り戻したこと——美由梨への報復が完了したことをあらためて実感したのだった。

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