市長の再当選祝賀パーティーの日。

 俺は算田と待ち合わせて、車でパーティー会場に行った。

 そこは鷹司の大豪邸、美由梨の家だった。


 算田と俺は、門で招待状を見せると、指示されるままに車から降りた。

 算田は、係の者にキーを預けた。

 すると係の者が車を駐車場に走らせた。

すごいですね

まるで海外ドラマみたいだ

 俺たちはそんなことを言いながら会場に向かった。

 そこは小高い丘のような、鷹司の広大な庭だった。

 庭に入ると、すぐに市長がやってきた。

やあ、おふたりさん

 市長は、いきなり算田の肩を抱いた。

 そうやって強引に算田を奥に連れていった。

 向かった先にはカメラがあった。

近衛市長?

 算田は冷や汗をかいた。

 やましいことをやっているだけに、目立ったところは嫌いらしい。

さあ、こっちに来たまえ。すばらしい舞台を用意しているから

 市長はそう言って、ぐいぐいとカメラのところに向かう。

 そうやってしばらく歩いていると、突然、市長は俺のほうに首をねじむけ、冷酷な、ものすごい笑みをした。


 覚悟していろよ——って感じの笑みだった。

ふっ

 俺は、市長が俺の思惑通り、計画通りに動いたことを実感した。

 そしてそのことは、俺たちの作戦が九割がた成功したことを意味していた。

 で。

 やがて、俺たちはカメラのところに到着した。

やあ、みなさん

 市長は、テレビのスタッフに愛嬌のいい笑みをした。

 簡単な挨拶の後、市長はレポーターからの質問を何個か受けると、算田をカメラの前につきだした。それからひどく真摯な顔をして、カメラに向かってこう言った。

この男は、産業廃棄物業者『サンパヰ』の社長です。彼は昨日、私のところに来て、賄賂をもちかけました。『廃棄食品をスーパーに売っていることを、どうか見逃してくれ』とね。もちろん、私は断りました。警察に通報致しました

はあっ!?

 算田が大きく目を見開いた。

今頃、倉庫は大変なことになってるだろうね

 市長は無表情、無感情にそう言った。

 それから手をあげて合図を送った。

 何人もの警官が、ゆっくりとこっちに向かってきた。

 算田の車に向かった警官もいる。

わたくし、鬼神市市長の近衛は、鬼神市をクリーンにしますッ!

 市長はカメラに向かって宣言をした。

 会場は、ざわついた。

そんなあ

 算田は、がっくりうなだれた。

こっ、これはスクープだッ!

 テレビのスタッフが慌ただしく連絡を取りはじめた。

 たちまち生中継の準備が調えられた。

 市長に出演の許可まで取りはじめている。

 と。

 会場が騒然とするなか、市長はテレビスタッフには聞こえないように、算田を捕まえて言った。

鷹司のお嬢さまをでっち上げて、なにやら悪巧みをしていたようだがね、私はダマせんよ

でっち上げて?

あそこにいるのが、鷹司のお嬢さまだ。私は彼女に会ったことがある

 きっぱりと市長は言った。

どうせ息子の彼女かなんかを使ったのだろうが、気品がまるで違うよ

息子ォ!?

その男だよ。お前の息子だろう

 市長はガムでも踏んだような顔で、俺を見た。

 算田は跳びあがるほど驚いた。

彼は市長の息子さんじゃないんですか!?

はあ? 何を言っているんだね

 市長と算田がいっせいに俺を見た。

 俺は笑いをこらえきれずにこう言った。

俺は、どちらの息子でもないですよ

 そのとき、鷹司親子がやってきた。

 美由梨は俺を見つけると、得意げにドレスをはためかせた。

 そして俺を指さしてこう言った。

その者は、鰭ヶ崎です。鬼神学園の生徒ですわ

鰭ヶ崎ィ!?

 市長と算田が声を裏返した。

 俺は、そんなふたりにかるく会釈した。

 それから美由梨に向かって、まるでダンスでも誘うかのように、大げさに頭をさげた。朗らかに挨拶をした。

ああ、こんにちは。鷹司のオジョーサマ、それに元・学園理事長の鷹司さん

まあ、憎たらしい言いかただこと

ふふっ

ところで、あなた。昨日は "私" と市長に会ったそうですね?

ああ、違う違う。キミにそっくりな女性(ひと)と一緒だったんだ

あら、あなた。偽者だと、あっさり認めましたわね

 美由梨は勝ち誇ったように言った。

 その横から鷹司が言った。

キミ。たしか鰭ヶ崎と言ったね?

ああ、元・学園理事長の鷹司さん、お久しぶりです

キミは、美由梨を騙ってパーティーの招待状をタダで手に入れた。キミのやったことは詐欺だぞ。市長は訴えることができる。覚悟したまえ

はあ、わざわざ教えていただきありがとうございます。でも、鷹司さん。今はそれどころじゃないと思いますよ?

なにぃ?

 鷹司が、あごをしゃくるような声をあげた。

 そのときだった。

おい! 廃棄食品が見つかったぞ!

 テレビスタッフが大声をあげた。

 警官とともに算田の車の向かったスタッフである。

 彼は続けて言った。

サンパヰの車にダンボールがある!!

 会場はざわめいた。

 カメラが、くるりとそのほうを向いた。

 算田の車にピントをあわせた。

バッ、バカな!?

 がく然とする算田のところに警官が来た。

 警官は、算田の腕をガッチリつかんだ。

 算田は、何が何だか分からない。

 放心してまったく抵抗しなかった。

 警官が算田を連れていく最中、中継が始まったことが告げられた。


 今、算田の後ろ姿がお昼のニュースで放送されている。

しかし、ここからだぞ鷹司

 俺は鷹司親子を交互に見て、不敵な笑みでそう言った。

 鷹司は不快に眉をゆがませた。

 その瞬間。

車のダンボールは、鷹司ケータリング・サービスのものだ!!

 レポーターが叫びながら走ってきた。

 カメラが再び向きを変えた。

 鷹司とその隣にいる市長を撮った。

なっ、なにをバカな!?

 鷹司が動揺するなか、俺はカメラマンにこっそり言った。

今日の食事は、鷹司ケータリング・サービスが担当しているそうですよ

何だってえ!?

 カメラマンは、テーブルの料理にカメラを向けた。

 そこにレポーターが到着した。

 カメラマンが早口で、彼女に事情を説明した。


 レポーターは、カメラの前に立った。

 そして現在の状況を説明しはじめた。

 その最中。

 警察官が拡声器を使い、パーティー会場の人たちに向けて言った。

みなさん、料理を食べるのはお止めください。鷹司ケータイリング・サービスのトラックから、株式会社サンパヰのダンボールが見つかりました。鷹司ケータリング・サービスは、当会場の料理を支給しています

なんだとお!

 鷹司が悲鳴に似た声をあげた。

 市長はあ然として、鷹司の顔を覗きこんだ。

 鷹司は頬をひきつらせたまま、市長を見た。

 そんなふたりを美由梨が口をぱくぱくさせて見上げていた。

 永遠にも感じられる沈黙が流れた。

 そして——。

うげえ

 市長が無理やり食べ物を吐きだした。

 美由梨もノドに指を突っこんだ。

 パーティー会場のあらゆるところから嘔吐する声がした。

 鷹司までが懸命に吐いていた。

 そして、その様子が全国に生放送されていた。

鷹司さん。署で事情をお聞かせ願えますか?

 警察官がやってきた。

 カメラが鷹司の顔にズームした。

 鷹司は、たちまちたくさんのカメラに囲まれた。

 それだけでなく新聞や雑誌の記者が殺到した。

 ネット配信をする者まであらわれた。

こちらにお願いします

 警察官が、鷹司を無理やりパトカーのところに連れていった。

 その背中を、俺と市長、そして美由梨は見送った。

 美由梨は、口をぽっかりあけたままだった。

 すっかり血の気が引いていた。

 喪心していた。

 その横で市長は呆然と立ちつくしていた。

 俺はしばらくの間、全能感に満ちてふたりを眺めていたが、やがてため息をつくと言った。

市長。ご相談があるのですが

なっ、なんだね?

算田は、ああ見えてかなりあくどいヤツで、市長に便宜をはかってもらった証拠をしっかり保存していましたよ

私を脅迫しているのかね?

いえ、とんでもないです。その証拠を盗んだので市長にお渡ししようかと

金か? 金がほしいのか?

お金は結構です。鷹司にたっぷり儲けさせてもらいました

ん?

今、鷹司の不祥事は全国に生放送されています。鷹司関連の株はガンガン下がっているはずです

まさか?

 もちろん、鷹司は廃棄食材を使っていない。

 俺たちがダンボールを車に置いただけである。

 鷹司の身の潔白は、数日で証明されるだろう。

 が。

 しかし、真実などどうでもいいのだ。

 不正疑惑が大々的に報じられるだけで、投資家は鷹司の株を手放すのである。

空売りを仕掛けていれば、今ごろ大金持ちですね

 俺はイタズラな笑みでそう言った。

 市長は衝撃のため、しばし声もなかった。

 俺は市長の胸ポケットに算田の証拠を突っこんだ。

 そして、低くよく響く声でこう言った。

鷹司はクラスメイトの自殺をもみ消した。それだけでなく慰謝料を横領した。俺はその金を奪い返しただけです

あっ、ああ

市長。俺を詐欺で訴えるのは止めていただけませんかね?

……分かった

 市長はあえぐように言って、来たときとは別人のような青い顔で去っていった。

さて

 俺は、じろりと美由梨を見た。

ひいぃ

 美由梨は、ぺたんと尻もちをついた。

 さすがの美由梨も、鷹司の理事長辞任を端緒としたこの一連の騒動が、俺の仕掛けたものだと気がついた。

待ってろ。今、仲間を呼ぶから

 俺は、みんなに連絡を入れた。

 美由梨は、あっけにとられ、ぼんやりとそれを見守っていたが、突然、跳ね上がって、はだけたドレス姿のまま、四つんばいに這いだした。

あっ、あっ、あわっ、あわわわ

 美由梨は死にもの狂いで手足を動かし、屋敷に逃げこんだ。

 まるで昆虫のような、みじめな姿だった。

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