以下、無用のことながら少しだけつけ加える。

 数日後。

 俺は敦子とともに、近藤さんの家を訪れた。

 株で儲けたお金を、

近藤さんの慰謝料です

 と言って手渡した。

 近藤さんのお母さんは、はじめ心配そうな顔をした。

 だけど、敦子が正当なお金であることを説明すると、受け取ってくれた。


 俺たちは穏やかな笑みで、お線香をあげた。

 近藤さんの写真は、はかなげな笑みで、だけどこのときの俺たちには、どことなく喜んでいるように見えた。——

 北欧家具のショッピングモールに行った。

 そこには、あん子とまこと、そして結ちゃんがいた。

 あん子は、俺たちが席につくと、みんなに封筒をひとつずつ手渡した。

 そして言った。

空売りで儲けたお金よ。近藤さんの慰謝料を確定した後、運用していたの

こんなに!?

鷹司は、国際的な超巨大企業。だから東証だけでなく他の市場でも空売りしておいたのよ

それがこんな大金に

まあ、ちょっとズルはしたけれど

ああン。悪いことやったのか?

 まことが露骨に嫌な顔をした。

 すると、あん子は、

なによ、システムの穴をついただけよ

 と言って、めんどくさそうに頭をかいた。

 で。

とにかくクリーンなお金だよ

 と、俺は断言した。

 それからつけ加えた。

近藤さんのお母さんも喜んでたよ

そっか、万事解決ね

だったら好いか

ぬっ! よかったお

 結ちゃんが跳びはねるように言った。

ところで結ちゃんは?

ああン。結の親なら、うちの父さんが捜してくれるってさ

警察署長が?

今は署長じゃねえけどな

 まことは、ぶっきらぼうに言った。

 照れくさそうな、だけど誇らしげな、そんな笑みだった。

見つかるまで、児童福祉施設が預かるってさ

いいところだお!

うん

お友だちもできたんだお!

好かった。お母さんもきっと見つかるよ

 俺は結ちゃんの頭をなでながら、心からそう言った。

 結ちゃんは、まるで天使のような、無垢な笑みをした。

 みなが穏やかな笑みでうなずいた。

 あん子が言った。

じゃあ、これで終わり? 私たち解散?

これは退職金代わりってことかしら?

 そう言って、敦子が俺のことをうかがうような瞳で見た。

 まるで何か言いたいことでもあるような、そんな瞳だった。

 だけれども。

そうだこれで解散だ

 きっぱりと、俺は言った。

俺たちのやったことは正しいことだ。俺はそう信じている。しかし、法的には悪だ。俺たちは悪党(ピカロ)なんだよ

だからって、解散すンのかよ

 まことが言った。

いつまでも続けることではない

 俺は無表情、無感情にそう言った。

 話を終わらせた。

 俺だって解散したくはなかったが、しかし、みんなの将来を思えばこその解散だった。

じゃあ、街や学校で会ったときは、一緒にお茶でも飲もう

 俺は席を立った。

 みんなを残して、フードコートを出た。

 ショッピングモールを出た。

 そして帰路についた。

 すると、あん子が追ってきた。

 俺の横を歩きながら、あん子は言った。

私さあ、こんな凄いことしたの初めてだわ

もう解散だ

鰭ヶ崎クンの指示があったから集中できた、というか、実力以上の力が発揮できたというか

できたといっても、ただの犯罪だ

 俺は立ち止まり、たしなめるようにそう言った。

 あん子は、腕を組んで思いっきり首をかしげた。

結はね、すごい特技があるんだお!

 突然、結ちゃんが俺のソデを引いた。

ひとつだけだけど、でも、兄ちゃんの役に立つんだお!

結ちゃん……

なあ、あたしの話も聞いてくれよ

まことまで

 ため息をつくようにそう言うと、まことはニコっと笑った。

 それから熱心に話しはじめた。

近藤っていう子のことは決着がついたけどな。大切な人を失うってのは、大変なことなんだぞ。ふと思い出したりするからな

……そうだな

ひとりじゃ、つらいんじゃねえのか?

なんだそういう話か

なんだとは、なんだよお? なあ、あんたみたいなヤツが止めるなんてもったいないって。あんたは悪いヤツをやっつけないと。やっつけまくらないと

すでにやっつけた。後は司法の判断と民意に委ねるよ

 僕は、言葉を選びながら言った。

 すると敦子が俺の真っ正面に立った。

 まっすぐに俺の目を見て、敦子は教師に戻ってこう問うた。

あなたにとって、絶対に譲れないことは?

俺は、権力者の横暴には絶対に屈しない。必ずやり返す。虐げられている人がいれば救いの手を差しのべる。それが俺の原理。そしてそれは、すべて終わった

 俺が言い終わらないうちに、敦子は言った。

だったら権力者を捜しましょう? 弱者を踏みにじっている権力者を

 どんな理屈も通用させない一語であった。

 後日。

 マンションの一室で、人の好さそうな婦人が泣いていた。

 その肩を抱いて、彼女の夫がはげましていた。

 婦人は涙をふきながら懸命に話していた。

 それを敦子が親身になって聞いていた。



ああ、すみません。涙が

どうぞ、ゆっくりで好いですよ

息子は高校に入ったばかりでした

不幸なことです

彼らが殺したんです。事故だなんて言ったけど、でも、あの野球部が殺したの。あの学校が殺したのよ! 復讐してやりたい!!

 婦人は声を荒げた。

 その背中をさすりながら、夫がおそるおそる言った。

でも、お金がなくて……

 そのとき、ちらりと、敦子が後ろを見た。

 結ちゃんが婦人をはげまそうと前に出たからだ。

 まことが、あわてて結ちゃんを止めた。

 俺がほっと胸をなでおろすと、あん子がスマホを差しだした。

 画面に映ったものは、婦人の話に偽りがないことを証明していた。

 俺は、敦子に目くばせをした。


 敦子は、うなずいた。

 夫妻のほうに向き直り、ふたりの顔を交互に見ながらこう言った。

ご心配いりません。お金は、他からいただきますから

他からというのは? 上訴はすでに却下されたんですよ!?

 夫が感情をおさえきれずにそう言った。

 俺は穏やかな笑みで、それをたしなめると、自信に満ちてこう言った。

世の中に悪いヤツはいる。そういうヤツは金と権力を持っています。金と権力に物を言わせて、あなたがたのような弱者や、俺たちのような下層の人間を苦しめる。しかし、俺たちはあきらめない。権力者の横暴には絶対に屈しない。搾取されてきた分は必ず奪い返す。だからお金のことは心配しないでください

 と、ここまで言って俺は身を乗り出した。

 それから、衝撃のため、しばし声もない夫妻を笑顔で見て、俺は言った。

権力者には報復を。それが俺たち(ピカレスク)のやりかたです

- 完 -

pagetop