鷹司ケータリング・サービスさまに食材を提供したい。いや、させてください!

 算田は見苦しく懇願した。

 俺は内心ほくそ笑んだ。

 敦子を見た。

 敦子は、ちらりと俺を見た。

 一瞬、美由梨の演技が解けて敦子本来の顔に戻った。

 そして、ほっと胸をなで下ろしたようにーー俺には見えた。


 俺は、すぐさま算田を責めた。

 一気にたたみかけた。

算田さん。ちょっと態度変わりすぎじゃないですかねえ?

すみません、近衛さま! まことに申し訳ございません

いやいや、そんな土下座なんてやめてください

申し訳ございません!

まるでボクと美由梨が、サンパヰの社長に土下座させてるみたいじゃないですかあ

 俺はそう言ったまま沈黙した。

 算田が、おそるおそる顔をあげた。

 俺は微笑みを浮かべ、ゆっくりと言った。

算田さん。美由梨は御社と取引してもいいと言ってますよ

ほんとですかっ!

ボクが保証してあげる。まあ、ボクとしても、美由梨には市内の業者さんと取引して欲しいですし

あっ、ありがとうございます!

その代わりと言ってはなんだけど。算田さん、父に電話をお願いできませんかね?

はっ、はい?

父の近衛市長に、『鷹司ケータリング・サービスと取引することになった。今、鷹司のご令嬢が来ている。これから一緒に挨拶にうかがってもよいか』と、電話を入れてもらえませんかね?

そっ、それはできますが

すぐに美由梨と代わっていただいて構いません

はあ

 算田は、うなずきながらも首をかしげた。

 俺は照れくさそうな、そんな演技でこう言った。

実は、父とは数年口をきいてないのです。まあ、いろいろと衝突があって、それになかなかボクをひとりの男として認めてもらえなくて

ああ、そういったことが

そんなわけでボクは父に、ボクが社会で立派に通用するところを見せたいんですよ。うん、まあ、美由梨にも算田さんにも失礼な話なんですけどね、ボクにはそんな下心があるんです

 俺は、ぶっきらぼうにそう言った。

 すると算田は大げさに何度もうなずいた。

 それから父性に満ちた笑みで、

分かりました、協力しましょう

 と言った。

 俺は密かにほくそ笑んだ。

 算田が罠にかかったからだ。

それじゃあ、算田さん。父の前ではボクのことを新入社員かバイトのように扱ってください

さっ、さすがにそこまではっ

美由梨の部下と思われるよりはマシですから

 俺は敦子を見ながらそう言った。

 すると敦子は、こほんと咳をして、それから算田に電話をするよううながした。

 算田は、さっそく電話した。

 近衛市長は、選挙事務所にいるようだった。

いつもお世話になっております、サンパヰの算田です。はあ、ええ、選挙は先週だったですよね。ああ、今日は事務所の撤去作業と打ち上げですか。はいはい。明日のパーティーには事務員すべてを連れていけないから? ああ、なるほど。それでボランティアの子たちも集めて、内々に打ち上げをしていると。さすがです市長

 算田は、ちらちらと敦子を見て話していた。

 電話を代わるタイミングを見計らっていた。

ところで市長。今ですね、鷹司のご令嬢が弊社にいらっしゃっているですよ。いやいや、ほんとです。ほんとですって。あっ、もしかしてお酒飲んでます? ああ、はいはい、もちろんそうですよね。打ち上げですから、それは飲みますよねえ。ははははは

 算田は困り顔で敦子を見た。

 敦子は大きく息を吐くと、算田から受話器を奪った。

 そして美由梨そっくりの顔をして、近衛市長と話をした。

 で。

 あっさり話はまとまった。


 俺たち三人は、市長の選挙事務所に行くことになった。

ああ、なんだか緊張してきた。やっぱりボクは止めようかな

近衛さん。いい機会だから、お父さんにビールを注いであげましょう。きっと喜びますよ

そうよ。注いであげなさいよ

うーん

ねえ、サンパヰの社長さん。あなた、市長にビールを注ぐときに『鬼神市の父に乾杯』とか言いなさいよ

えっ?

そうすれば、彼も注ぐときに『お父さんどうぞ』って言えるでしょう?

ああ、なるほど

私も『お父さんどうぞ』って注げますしね

 敦子は照れくさそうにそう言うと、俺だけに見えるようにイタズラな笑みをした。

 俺は敦子の余計なアドリブに思わず苦笑いした。

 ちなみに算田は、そんな俺たちの顔を交互に見ながら、思いっきりスケベな笑みを浮かべていた。ーー

 事務所に到着した。

 そこはもう、完全に宴会場と化していた。

 算田は市長を見つけると、愛嬌のいい笑みで挨拶をした。

 敦子演じる美由梨とともに、今後の事業展開について報告をした。

うんうん、良いじゃないか

 市長は、いい感じに酔っぱらっていた。

 美由梨役の敦子を見て、一瞬、眉をひそめたが、しかし何も言わず算田の話を聞いていた。

 市長はずっとニヤニヤしていた。

 俺は市長が罠にはまったことを確信した。

 算田の話はすぐに終わった。

それでは鬼神市の父に!

 算田は、そう大声で言ってビール瓶をかかげた。

 すると事務所がわいた。

 みんながいっせいにグラスをかかげた。

 算田が市長にビールを注いだ。

鬼神市のお父さん、私のお酒を飲んでください

ははは、キミは相変わらず口がうまいな

 市長は、ものすごく嬉しそうな顔でグラスに口をつけた。

 一気に飲み干した。

 するとボランティアが次々と酒を注ぎに来た。

 市長は苦笑いでそれを受けていたが、すぐに握手に切り替えた。

 ひとりひとりと握手をしてまわった。

 そんななか、俺は算田だけに聞こえるようにこっそり言った。

算田さん。ちょっと練習しても良いですか?

えっ? ああ、お酒を注ぐ練習? どうぞどうぞ

ええっと、じゃあ、お父さんどうぞ

 俺は、市長によく聞こえるように『お父さん』を強調した。

 算田はビールをうけると、それを口に含みながら言った。

うん。注ぐときは片手がいいですよ。そのほうが他人行儀な感じがしない。そのかわりラベルはちゃんと上に向けてね

あっ、はい

じゃあ、頑張って!

 算田は上機嫌で、俺の背中を叩いた。

 そのいきおいで、俺は市長の前に出た。

 算田は、父性に満ちた笑みで俺を見守っていた。


 あの野郎……。

 すこし腹が立ったけど、まあ、親子っぽく見えるからよしとした。

 俺は算田に言われた作法で、市長にビールを注いだ。

お父さんどうぞ

あっ、ああ

 市長は、こいつ馴れ馴れしいなーーって感じで、あごを引いた。

 と。

 そんなところに、突然、敦子が割って入った。

お父さん乾杯!

 敦子はそう言ってグラスをかかげた。

 市長はつられて乾杯をした。

ねえ、市長さん。明日のパーティーにサンパヰさんを招待してあげたらいかがですか?

えっ? 私がですか?

別に私が招待しても構わないのですけれど。でも、市長が招待状にサインを入れたら、彼の手柄になりますわ

あっ、ああ。そうか、そういうことか

 市長はニヤリと笑った。

 ジャケットの内ポケットから招待状を取り出し、一筆したためた。

 そして算田を見ながら、招待状を俺に渡した。

ありがとうございます。これで今日ここに来た甲斐がありましたわ

 敦子はそう言って、恥じらうように顔を背けた。

 それから、なんと俺の腕に、ぎゅっとしがみついた。

んんん!?

 俺は困惑を隠しきれずに、敦子を見た。

 すると敦子は、じわあっと喜びを顔に浮かべた。

 そんな俺たちを、市長と算田はマジマジと見た。

ふふふ

ははあ

 ふたりは、俺と敦子(の演じる美由梨)の関係を誤解した。

 敦子は満更でもないって感じの笑みだった。

あのなあ

 俺は、あきれたのか感心したのかよく分からない、そんなため息をつくのだった。ーー

 その後、俺と敦子は算田と別れ、北欧家具のショッピング・モールに行った。

 そこには、あん子とまこと、そして結ちゃんがいた。

 まことが大らかに手を振った。

おつかれさま

ああ、早かったね。もう終わったんだ

まあね。すぐに終わったよ

 まことは得意げに鼻をこすった。

 あん子が詳しく説明をした。

鰭ヶ崎クンたちが市長のところに行った後、結ちゃんと一緒に倉庫に入ったの。指示通り、サンパヰのダンボールをゲットしたわよ

それで鷹司のほうは?

問題ないわ。すぐそこの介護施設と契約していたのよ

介護施設でダンボールをもらったのか

とりあえずはサンパヰの倉庫……結ちゃんが寝泊まりしているところに隠したわ

 あん子はそう言って、結ちゃんをぎゅっと抱きしめた。

 結ちゃんは、無垢な笑みであん子を見上げた。

了解。これですべて整った

 俺はそう言って気合いを入れた。

 みんながかみしめるように、うなずいた。

 やがて敦子が結ちゃんの顔をのぞきこんで言った。

今日は、お姉ちゃんの家に泊まりましょう?

ぬっ! でもお母さんが……

一日ぐらい大丈夫よ

結、その姉ちゃんが恐いのか? あたしも一緒に泊まろうか?

あはは、じゃあ私も泊まろうかな。朝までに株の仕込みを終わらせたいし

まっ、まあ。ちょっと狭いけど、なんとかなるでしょう

 敦子は、しどろもどろにそう言った。

 あん子とまことは、どっと噴きだした。


 俺は、そんな彼女たちをしばらく見ていたが、やがて、

じゃあ明日。俺は算田の車で会場に行くけれど、なにか問題があればイヤホンで伝えて

 と言って、それからつけ加えた。

明日ですべてを終わらせるぞ

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