昔、誰かが言った。
「果報は寝て待て」と。
これは、人事を尽くした後の結果は代えようがないのだから、大人しく待っていればいいとかそういう意味なのだけど、僕の目の前には少なくとも寝て待つことを良しとしない人たちがいた。
昔、誰かが言った。
「果報は寝て待て」と。
これは、人事を尽くした後の結果は代えようがないのだから、大人しく待っていればいいとかそういう意味なのだけど、僕の目の前には少なくとも寝て待つことを良しとしない人たちがいた。
中々、依頼が来ないですね……
先生の名声はすでにこの学校に広まりきっていると思ったんですが……
盗難事件にストーカー事件
すでに2件も事件を華麗に解決してますからね
まさに迷宮無しの名探偵なんですが……
何故こうまで依頼が来ないんでしょうか……
この一週間で依頼されたのは「迷い猫探し」が1件だけ……
それも先生の手を煩わせる前に張り紙を見た人が猫を連れてきて終わったし……
はぁ、と三人揃ってため息をつくけれど、そんなにこの部活が求めるような依頼が舞い込んできたら、それこそこの学校の治安が疑われると思う。
だからきっと、こんな感じで依頼がなくて暇をしてるくらいがちょうどいいんだ……。
べ……別に自分じゃ事件を解決できないからって現状にほっとしてるとかそういうわけじゃないんだからね!
皆が楽しそうに推理しているのが羨ましいとかそういうんじゃないんだからね!
僕が誰に向けたわけでもない言い訳を並べ立てていると、もう我慢ならないとばかりに、奈緒が机を叩きながら立ち上がった。
こうなったら、先生のお名前をもっと広げるためにもこっちから事件を探しに行くしかないわね!
と言うわけでみんな!
明日の10時に駅前に集合よ!
遅れたら罰金だからね!
うっす!
はい!
え?
それって僕も参加なの?
僕が口を挟むと、奈緒は当然とばかりに胸を張った。
もちろんじゃないですか!
もし事件に遭遇して、私たちだけで解決できなかったら先生の出番なんですから!
いや、奈緒たちに解決できない事件を僕が解決できるとも思わない。
というか、そもそも事件に遭遇したくない。
そんな僕の内心を読み取って、自分の都合の言いように変換したのだろう、奈緒は僕に笑顔を向けた。
ああ、でも先生は遅刻とか気にしないでくださいね!
弟子が師匠を待たせるのはよくないですが、師匠が弟子を待たせるのは普通のことですから!
どうやら僕が遅刻することを危惧していると勘違いしたらしい。
けど、どうやら完全に僕もその「事件探索ツアー」に参加しないといけないみたいだ……。
はぁ……。
明けて翌日。
約束通りに駅前に集合した僕らは、早速街中へ事件を求めて動き回ることにした。
ちなみに集合場所へは僕が一番早くに到着して、後から来た部活メンバーたちが慌てたという一幕があったりしたけど、それはまた別の話だ。
それはさておき、とりあえず探索を始めてみたのだけれど、やはりというか案の定というか、早々に事件に巡り合えるわけでもなく、
あ!
この服いいなぁ……
でも持ち合わせがない……ぐぬぬ……
奈緒さんならこっちの服も似合うと思いますよ?
ついでにこのアクセサリーも合わせれば可愛いと思います
途中からはきゃいきゃいと騒ぎながら楽しそうに服やアクセサリーを見る女子たちの後ろを、ただ着いていくだけになってしまっていた。
なんか楽しそうっすね……
というか、完全に趣旨が変わっちゃいましたね……
うん、僕もそう思う。
あと奈緒は女の子なんだから「ぐぬぬ」とか言っちゃいけません!
マサヒロの意見に同意して、内心で奈緒にツッコミを入れる間にも時間は進み、気がつけばお昼を回ろうとしていた。
とりあえず、ご飯食べようよ……
そういえば、もうこんな時間ですね!
じゃあ、あそこに入りましょう!
僕の言葉に頷いて、奈緒が目に付いたファミレスにずんずんと進んでいき、僕らは慌てて彼女の後を追った。
この後、ここで惨劇が起こるとも知らずに……。
僕らが入ったのは、どこにでもあるチェーン店のファミレスだった。
休日の昼食の時間帯だからだろう、店内は親子連れや友人同士でそれなりの賑わいを見せている。
じゃあ、僕は焼き魚定食で
私は北海道産のいくらと鮭の親子丼にミニかき揚げうどん
じゃあ、私はこのカキフライ定食をお願いします
俺はステーキセットにとんかつ定食!
そんなに食べるんですか!?
育ち盛りっすからね!
いやぁ、流石に食べすぎだと思うよ?
まぁ、その分動くなら問題ないわよ
あ、それとドリンクバーを4人分
以上よ!
僕らの一連の会話を聞いていたウェイターさんが、苦笑しながらも「かしこまりました」と丁寧に頭を下げ、にこやかに去っていく。
というか、何で奈緒はファミレスの注文をするときでさえ、そんなに偉そうなんだよ……。
僕が小さくため息をつきながら、ぼんやりとそんなことを考えていると、突然ことり、と目の前に湯気が立つコーヒーを置かれた。
その手をたどってみれば、そこには微笑みながら他の面々にドリンクバーで取ってきた飲み物を配る鏡花さん――入部の際に下の名前で呼ぶように言われた――の姿。
先輩でありながらの気配りに感謝するけれど、何でホットコーヒー?
え……?
だって、名探偵といえばほホットコーヒーじゃないですか?
きょとん、と天然な答えを返す鏡花さんに、僕はただ肩を落とすしかなかった。
そんなこんなで、馬鹿なことをやりながらも運ばれてきた食事に、僕らがいざ手をつけようとした瞬間だった。
うわぁぁぁぁああぁああっ!!
突如、店内に男性の悲鳴が聞こえ、誰もが何事かと振り返る。
そしてそれは僕ら探偵部も同じで、全員で一斉に視線を向けると、そこには青ざめた顔をしながら立つ一人の細身の男性と、机に突っ伏したままピクリともしない、恰幅のいい男性の姿があった。