曾我さんの家を訪れた翌日の放課後、部室に集まった僕と奈緒は、頭を悩ませていた。
曾我さんの家を訪れた翌日の放課後、部室に集まった僕と奈緒は、頭を悩ませていた。
もしかしたら、隠しカメラが設置されているのかも知れないと思ったけれど……
結局それらしいものは見つからなかったですね……
そもそもあれだけ物が少ない部屋なのだから、隠せる場所も少ないし……
そうなんスよねぇ……
それに証言によると、あの人の部屋には限られた人物しか入っていないっす……
外部の人間が部屋に入ったとは考えにくいっすよねぇ……
じゃあ身内の仕業だって言うの?
それこそありえないんじゃない?
母親もあの友人も彼女をすごく心配してるのよ?
そうっすよねぇ……
でもそうなるとあと考えられるとしたら……
曾我鏡花に告白したという男子が怪しいのよねぇ……
先生はどう思いますか?
どう思いますかといわれても、二人に比べて推理力が皆無な僕には誰が怪しいのか、どうやって写真を撮っているのか、さっぱり見当はつかないのだから話を振られても困る。
あと、マサヒロはちゃっかりこの場に馴染んで奈緒と一緒に推理をしてることにちょっと驚いた。
それはさておき、どうにもこの後の方針が決まらないということで、とりあえず、その一番の容疑者たる曾我さんに告白した男子を調べに行こうと、僕らが揃って立ち上がろうとした時だった。
あのぅ……
失礼します……
邪魔するわよ!
部室のドアを開けて曾我さんがおずおずと、その後ろで守屋さんが腕を組んで僕らを睨みつけるように姿を現した。
どうでもいいけど、なんで守屋さんはあんなに不機嫌そうなんだろう……。
昨日、曾我先輩の家に行ったときは楽しそうだったのに……。
そんな僕の疑問はさておいて、奈緒がちょうどいいとばかりにほほ笑んだ。
ちょうどよかったわ……
これからあなたに告白したという男子を調べに行くところだったの
どれがその男子なのかを教えてちょうだい?
ついでに、そいつについていろいろと教えてもらえると助かるわ……
わかり……
ちょっと待ちなさいよ!
頷いて了承しようとした曾我さんを遮って、いきなり守屋さんが前に出てきた。
なんで彼を……小林君を調べに行くのよ!?
なんでって……
その小林君が容疑者の一人だからよ……
今にも掴みかからんばかりの剣幕の守屋さんに対して、奈緒は平然と応じる。
というか、曾我さんに告白した男子は小林っていうんだ……。
そんなことをぼんやりと考えていると、後ろからマサヒロがささやいてきた。
というか、先生……
あの人に告白した人って小林っていうんですね
初めて知りました……
ああ……うん
僕も初めて知ったよ……
そんな、僕とマサヒロのアホな会話をよそに、奈緒と守屋さんの女のバトルは続く。
なんで小林君が容疑者なのよ!
その小林君が一番怪しいからに決まってるじゃない
告白して断られたものの、やっぱり諦めきれなくて思いが募った結果、彼女をストーカーし始めた
ストーカーとしてはよくある動機よ
違うわ!
彼はそんなことはしない!
どうしてそんなことが言えるのよ
男なんてみんなけだものよ?
若い情動が勢い余ってなんてことは十分にあり得ることよ?
あ、もちろん先生は違いますけどね!
ああ、良かった。
ちゃんとフォローを入れてくれた……。
ってそうじゃなくて!
何だか守屋さんは、やたらとその小林君を庇うけど……何かあるのかな?
そんなことを考えながら、僕はつい口を挟んだ。
あの……
何よ!?
そう睨みつけられると、思わず口ごもってしまうけど、このままでは話も進まないので仕方ない。
あの……
守屋さんはやたらとその「小林君」という人を庇ってますけど……
何か知ってるんですか?
なっ!?
べ……別に何も知らないわよ!!
いや……
だってさっき、「小林君はそんなことしない」って……
それってその人のことを知ってるからですよね?
それは……
その……
守屋さんが口ごもった瞬間、奈緒がずいっと顔を寄せた。
何か知ってるなら今すぐ吐きなさい?
あなたごときが先生の邪魔をすることなんて許されないことなんだから……
うん、助けてくれるのは嬉しいけど、もうちょっと穏便に聞き出そうな?
あと、その笑顔が怖いからやめてください。
割とマジで。
あくまでだんまりを貫くつもりね?
いいわ、それならずっとそうしてなさい?
先生……
小林君のところに行きましょう!
僕にそう微笑みかけながら、奈緒が強引に守屋さんの横を抜けようとした矢先だった。
一瞬、真っ白でまぶしい光が僕らを照らし出した。
何事かと視線を巡らせて見れば、部室の入り口から携帯を構えた守屋さんの姿がそこにはあった。
そしてその姿は、彼女が何をしたのかを如実に物語っていた。
何のつもりかしら?
低い声で問いかける奈緒に、守屋さんは携帯を向けたまま言う。
どうしても彼を調べるというのなら、私はこの写真を報道部へ持って行って、あることないことを話してくるわ
彼らなら面白おかしく取り上げてくれるでしょうね?
「探偵部は迷探偵ばかりの無能集団だ」ってね
なっ!?
それはいくらなんでも……!
あまりにも強引過ぎる手段に、奈緒とマサヒロが憤る。
けれど、僕はそんなことよりも気になっていたことを口にした。
それはそれとして、守屋さん……
あなたの携帯……カメラのシャッター音がならないんですね……
壊れてるんですか?
何気なくその一言を放った瞬間、守屋さんは顔色を一変させた。
そして何度か口をパクパクさせた後、突然顔を俯かせながら、いろいろとしゃべり始めた。
まさか……
こんなことでバレてしまうだなんて……
とんだ誤算だったわ……
和美……ちゃん……?
首を傾げる親友へ、守屋さんは卑屈な笑みを向けた。
そうよ……
あたしが、アンタをストーカーしてたのよ鏡花!
あんたの着替えの写真を撮ったのも!
部屋でリラックスしてる写真を撮ったのも!
それを下駄箱に入れたのも!
全部あたしよ!!
誰もが驚きで何も言えない中、守屋さんの独白は続く。
あたしはね……
小林君が好きだったの!
それで、彼に告白したけど……
「好きな人がいる」って言って断られた……
それだけならまだよかった……
でも……、彼の言う好きな人が鏡花で……
しかも彼から告白されて断るだなんて……
あたしには許せなかった!!
鏡花が小林君と付き合っていれば、まだあたしも許せたかもしれない……
でも、鏡花が断ったと聴いた瞬間、あたしは鏡花が憎らしくなった。
あたしがこんなに苦しいのに!
小林君も苦しかったのに!
のうのうと笑ってる鏡花が憎たらしかった!!
だからあたしは鏡花に嫌がらせをすることにしたの……
その上で、鏡花があたしに相談するのがたまらなく気持ちよかった!
犯人があたしだと知らずに、その犯人の横で悩む鏡花が滑稽で、鏡花への憂さが晴れていくようだったわ……
このまま、鏡花のそばで……怯え続ける鏡花を眺め続けていくと思うと、堪らなく愉快で……虚しかった……
和美ちゃん……
でも……
もうそれもおしまい……
犯人があたしとばれてしまった以上、あたしは鏡花のそばにいて親友と名乗る資格もない……
ううん……
そもそもこんなことをはじめた時点で、その資格はなくなってた……
……ごめんね、鏡花……
今まで苦しめてて……
さよなら
その言葉を残して、守屋さんは部室から走り去っていき、
和美ちゃん!!
曾我さんが慌ててその後を追いかけた。
先生!
俺たちも……!
やめなさい!
うん……
これは僕たちが立ち入っていい話しじゃないと思う……
こうして、「探偵部」としての初めての事件は、なんとも後味の悪い最後を迎えた。
あ、ちなみに後日談として、あの後、守屋さんに追いついた曾我さんは、彼女としっかり話し合った結果、無事に仲直りできたらしい。
そして、事件解決から数日後。
いつものように、探偵部の部室に向かうと、扉の前には、
先生!
やっぱり俺、先生の手腕にしびれたっす!
弟子にしてください!!
あの時と同じように深々と土下座をするマサヒロと、
私も……!
先生のおかげで和美ちゃんと仲直りできて……
事件も解決できて嬉しかったです!
だから、私にも探偵のことを教えてください!!
同じように深々と土下座をする曾我さんの姿があった。