空は、どこまでも青く澄んでいた。
人々は空に近づくために様々な魔法の研究を行ってきた。

思い返せば、研究テーマを気球に定めたのも、サジェスのふとした言葉がきっかけだった。


サジェス・エフォール

ねえ、どうせならみんなの夢を叶えられるテーマにしないかい?

サジェス・エフォール

せっかく魔法の可能性を広げる研究をするんだよ。ならいっそ、人間の可能性も広げてみたいんだ。人間は空も飛べるってね

サジェスは今も覚えているだろうか。
この時の希望に満ちた好奇心を。

子供のように夢を語る気持ちを…………

フラフラと、おぼつかない足取りで森を進んでいく。
自分がどこへ向かっているのか、ぼんやりとしかわかっていなかった。

ただ、無性に彼女に会いたくなった。

サジェス・エフォール

アル…………

目的の場所・発光樹の森の奥に辿り着く。
サジェスがドアに近づくと、どこからともなくそよ風が吹いてきて顔をそっとなでる。

冷たい風が、涙でぬれた頬を包み込む。
サジェスの目が、再び涙で潤む。

サジェス・エフォール

…………アル、ボクだよ。開けてくれないかい

サジェス?

夜の突然の来訪に驚いたのか、返っていた声は戸惑っていいた。
それからすぐにドアが開いた。
サジェスは導かれるように入っていく。

アルエット・コネッサンス

サジェス、どうしたの?こんな時間に出てきて…………

出迎えてくれたのはやはり驚き顔のアルエットだった。
ベッドから体を起こして、まっすぐサジェスを見つめてくれる。


それが、今のサジェスには奇跡のように思えた。

アルエット・コネッサンス

……………………サジェス?

サジェス・エフォール

アル……………アル……………………!

気づけば、サジェスの目から大粒の涙がまたあふれ出ていた。

唖然としているアルエットに駆け寄り、彼女の胸に飛び込む。

親友に会えた安心からか、アルエットの胸の中で泣いたサジェスの泣き声は一段と大きかった。

アルエットも最初こそ驚きながらも、やがてそっとサジェスの頭を抱き、髪を優しく撫で始めた。

サジェス・エフォール

アル…………ボク達……ボク達…………!!

アルエット・コネッサンス

うん、いいよ。好きなだけ泣いて

アルエット・コネッサンス

ごめんね、今まで気づけなくて。サジェスがすごく大変だったの分かってたのに…………

否定するように頭をぐりぐり押し付けるサジェス。

くすぐったそうに笑いながらも、アルエットも優しく撫で続ける。

サジェスは、泣きながら今日会ったことをすべて話した。
自分たちの研究が原因でシャンスの両親が死んでしまったこと。
自分たちがシャンスの傷の元凶ということ。

アルエットは何も変わらずにサジェスを撫で続けている。
撫でることで、親友の苦しみを拭い去ろうとするように。

サジェス・エフォール

ボク……できない

サジェス・エフォール

シャンスさんの傷をいやせる自信が……ボクには無いんだ………………!!

アルエット・コネッサンス

……………………

今まで誰にも言わなかったのだろう。
恐らくサジェスの口から初めて出た諦めの言葉にも、アルエットは驚かなかった。

髪をなでるのを止め、代わりにサジェスの頭をギュッと強く抱き寄せる。

サジェス・エフォール

アル…………?

アルエット・コネッサンス

サジェス、私はね、貴女の風になりたかったの

サジェス・エフォール

風…………?

アルエット・コネッサンス

貴女は私のあこがれだった。私と違って明るくて人前で話すことが得意で、誰からも頼られる人。人前で話せない私とは対照的な人だった

アルエット・コネッサンス

だけど、そんな人にも辛いときや苦しいときはくるはず。きっとサジェスは優しいから、人の何倍も悩むと思った

アルエット・コネッサンス

だから、私はサジェスを支える風になりたい。貴女が辛くて足を止めてしまいそうな時にそっと背中を押してあげられる、悔しくて泣くときに涙を拭える、優しい風になりたいの

サジェス・エフォール

アル…………

アルエット・コネッサンス

サジェス、私がついてる

アルエット・コネッサンス

たとえ国中の皆がサジェスの敵になっても、私は絶対にサジェスの味方でいる

アルエット・コネッサンス

だから諦めないで。シャンスさんの傷はきっと、サジェスにしか消せないから

アルエット・コネッサンス

魔法の可能性を、もう一度信じよう

サジェス・エフォール

魔法の…………可能性…………

サジェスは思い出した。
魔法の可能性を信じ、アルエットと共に魔法の融合を研究していた頃を。

サジェス・エフォール

………………………………

サジェス・エフォール

アルは……すごいね

サジェスはアルエットの背中に手を回す。
アルエットの胸に顔をうずめたまま、しかし、しっかり聞こえるようにはっきり言う。

サジェス・エフォール

アル、力を貸して

アルエット・コネッサンス

…………うん

まだ、何をすればいいのか分からない。
気球がダメだった以上、まったく新しいものを作らないといけないかもしれない。
サジェスの目の前にあるのは真っ暗で不確かな道だ。


サジェス・エフォール

だけど、今は不安じゃない

サジェス・エフォール

アルが傍にいてくれるから………………

もう遅いし泊って行けとすすめるアルエットを断り、サジェスは夜の森を歩いていた。
発光樹が光り出すのは夜になってからなため、この時間でもたくさんの魔法使いが起きている。
だから、この時間に出歩いてもあまり危険ではなかった。

頭を冷やすのもかねて、サジェスはゆっくりと学園に向けて歩いていく。

サジェス・エフォール

エクリール…………心配してるかな

ポツリと
さっき自分が突き放してしまったことを思い出す。
パニックになっていたとはいえ、あんなひどいことを言ってしまったことを今はものすごく後悔している。

サジェス・エフォール

出て行ってくれ!!ボクには従者も監視もいらない!!

サジェス・エフォール

ごめんよ……エクリール

呟き声が夜に溶けていく。
帰ったら、今度はちゃんと謝ろう。
監視でありながら、自分の世話を進んでやってくれた、大事な友達だから。
エクリールは恥ずかしがって否定するだろうけど。

サジェス・エフォール

今日も星がきれいだな

空は満月と満点の星が輝きを放っている。
サジェスは思わず手を伸ばし、星をつかもうとする。

当然ながら触ることすらできないが、その距離感がサジェスには神秘的に見えた。
点々と瞬く星は、まるで火花を散らしたようで――――

サジェス・エフォール

………………………!!

その瞬間、サジェスの頭の中で火花が散り、鮮烈なイメージが浮かび上がった。
そして、瞬間的に何が必要なのか、どんな工程が必要なのかも把握していく。

サジェス・エフォール

そうか…………

呆然とするサジェス。
しかし、目は既に研究者のそれになっていた。
頭の中には、何をするかもしっかり分かっている。

サジェスは踵を返すと、全速力でアルエットの家に飛んで行った。

To be continued...

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