バティール・ヴァルテュー

サジェスちゃんの様子はどう?

エクリール

いえ、あれからは何も…………

バティール・ヴァルテュー

…………そう

気球が空から帰還した後、エクリールは再度アプレとランセを呼び、後片付けを任せた。
そして、自分は意識が朦朧としているシャンスと呆然自失のサジェスをつれてフェイールの元へ行った。

気球を上げるのに予想以上に魔法を使ってしまったらしい。疲れて眠ってしまったのでシャンスは任せてもいいだろうか。

そう言うエクリールに、フェイールは何も不振に思わずに「お疲れさまでした」とにこやかに挨拶して別れた。
本人は夢にまで見た気球を見れたことでご満悦だったようで、シャンスの様子がおかしいことに気づいてはいないようだった。

バティール・ヴァルテュー

そして、帰ってくるなりサジェスちゃんは部屋に引きこもりか……

エクリール

ええ。まぁ、自分の研究のせいで人が死んだとなればショックも受けましょうが…………

バティール・ヴァルテュー

待って。そのことは関係ないはずよ。自分たちの研究の二次創作のせいで誰かが死んだってそれは事故でしかない。研究者にそこまでの業を背負わせるのは、あまりに酷だわ

バティール・ヴァルテュー

それにサジェスちゃん達が作り出したのは魔法の融合という新しい可能性。それをどう応用しようとしようとして失敗しようと自己責任よ

バティール・ヴァルテュー

だからエクリール、お願いだから貴女だけはサジェスちゃんの味方でいて。何があってもサジェスちゃんを信じていて

エクリール

………………はい

バティール・ヴァルテュー

それと、これは今じゃない方がいいんだろうけど……

バティール・ヴァルテュー

さっきね、軍の人が来てたの

エクリール

失礼します

返事はない。
エクリールは構わずに部屋の中に入る。

サジェスは机に突っ伏したまま動かない。
眠っているのかとも思ったが、時々鼻をすする音が聞こえるから、ずっと泣いていたのだろう。

サジェス・エフォール

エクリール……?どうしたの?

エクリール

何も食べてないと思ってな。晩飯を持ってきてやった

エクリールはそっけなく言いながら食べ物を机に置く。
赤くはれたサジェスの目は極力みないようにしながら。

サジェス・エフォール

ありがとう……でも食欲無いんだ

エクリール

しかし、少しでも腹に入れないと

それでも、サジェスは首を横に振る。
ほっといてくれと、言わんばかりに。

これが、昼間まで希望で満ち満ちていた天才なのかとすら思えてしまう。

それが、エクリールをいらだたせた。

エクリール

こんなことで立ち止まってる暇はないというのに…………

エクリール

気球は素晴らしかったぞ。病院中が絶賛していた。もう少し胸を張っても…………

サジェス・エフォール

分からないんだよエクリールには。そういう問題じゃないってことが

エクリール

…………………………っ

ダメだ。
今のサジェスの言葉にいちいち苛立っていては。

サジェスは自分たちの研究が遠因でシャンスの両親を死なせてしまったことに罪悪感を感じている。
もし、それが原因で彼女が研究を辞めてしまったら…………

それこそ、この国は諸外国から大きく遅れを取ることになる。
それをみすみす見逃したなど、フラッペ上官が聞いたら何というだろう。

それに、研究を投げ捨ててうなだれるサジェスなど、エクリールは見たくなかった。

エクリール

さっき、フラッペ上官がいらっしゃってた

サジェス・エフォール

!!

エクリール

火薬の研究の進みを見に来たらしい。鉱山の開発が思いの外早いからなるべく早く頼むと

半分は嘘だ。
フラッペ上官がサジェスに会いに来たのは事実だ。
火薬の催促も嘘ではない。
だが、一番の目的はサジェスの軍への勧誘だ。
サジェスを確実に国の物にするために、改めて圧力をかけに来たらしい。

重要なのは、今のままのサジェスでは何もできないということ。
天才とは、絶望してはいけないのだ。
絶望しても、それを外に出してはいけない。
なぜなら、天才とは希望なのだから。
常に、人々の希望でなければならない。

そのためにも、サジェスには常に何か研究と向き合ってもらわなければならない。
毎日研究テーマと向き合い、常に結果を提示していかなければならないのだ。


それが、軍の――フラッペ上官の考えだ。

いかにも結果至上主義のあの人らしい。
だが、今のサジェスには何か他のことで気を紛らわせてほしかった。
たとえそれが軍からの命令でも構わない。

サジェスがシャンスにこだわる理由は正直分からないが、だからこそ行き詰ったときは一旦目を背けて気持ちを切り替えてほしかった。



しかし――――

サジェス・エフォール

……………………キミも

エクリール

え?

サジェス・エフォール

キミも所詮軍の狗なんだな!!

エクリール

サジェス様……………………

エクリールは反射的に後ずさる。
怒るのが予想外という以上に、こんなに怒ったサジェスを見たことがなかった。

サジェス・エフォール

キミたち軍人は自分たちのことしか考えてないんだ!自分たちの財産を増やすために税を重くして、自分たちの地位を上げるために適当な嘘ついてボクに兵器を作らせて!!

エクリール

まさか…………気づいて……………………?

サジェス・エフォール

シャンスさんのことだってそうさ!本当は心の中でずっと思っていたんだろう!そんな平民放っておいて火薬を作れって!!

サジェス・エフォール

君たちには分からないんだよ!!誰かを救いたいという気持ちも、誰かを死なせてしまったという気持ちも……………………!!

エクリール

違うサジェス……私は…………

何も言えずに固まるエクリール。
知らなかった。
サジェスがここまで大きな傷を負っていたとは。

それだけ、自分たちの研究に誇りを持っていたのだろう。
エクリールは、その傷がとても深く大きく感じた。

エクリール

私には…………

エクリール

サジェスの傷を理解してやれない……………………

サジェス・エフォール

出て行ってくれ!!ボクには従者も監視もいらない!!

パニック状態のサジェスの叫びが胸に突き刺さる。

何か言わなければと思いながらも、結局自分はサジェスを真に理解することができないんだと痛感し、ただ気迫に押されて逃げることしかできなかった。

フラッペ

おお、エクリールではないか!

エクリール

…………フラッペ上官

エクリール

さっき帰ったと学園長から聞きましたが

フラッペ

なに、先の訪問は別件よ。今回用があるのはエクリール、貴殿だ

エクリール

……………………私にですか?

おかしい。
バティール学園長の話だと、さっきのフラッペ上官の目的はサジェスの勧誘と火薬の催促だった。

過激派のフラッペ上官なら、次の戦争のためになんとしても強力な火薬、そしてサジェスのような天才魔法使いの力が欲しい。
なのにそれ以外の用で、しかも自分を探しに再び学園に来るなんて。

フラッペ

そういえば先の訪問ではサジェス殿に会えなかったな。火薬の件は順調か?

エクリール

…………ええ、一応は

なんとか、当たり障りのないことを言っておこう。

もしフラッペ上官が今のサジェスに会ってしまったら、どんな侮辱的な言葉を投げるのか想像するだけで怖い。

フラッペ

そうか、順調ならそれで良い。優秀な魔法使いに出会えて私は嬉しいぞ

フラッペ

そうそう、サジェス殿といえば、今日近くの病院で気球をあげたそうだな

エクリール

あれは、ちゃんと正式な特許魔法使用許可を軍に提出して受理されたはずですが

フラッペ

なに、その件できたのではない。気球と聞いて思い出したのだよ。サジェス殿と共に魔法の融合を研究し、気球を発明したもう一人の天才を

エクリール

アルエット・コネッサンスのことですか?

フラッペ

そう!風の神童と言われたアルエット・コネッサンス殿だ

アルエット・コネッサンス

サジェス・エフォールと並ぶ天才。
数ヶ月ほど前、サジェスと共に気球を発表し、その後行方をくらました謎の魔法使い。
噂では、軍の執拗な勧誘や民衆の予想以上の反響に精神を圧迫され、どこかに隠居しているともいわれている。

フラッペ

そこでだ、私の古い同期がどうしても風魔法を使える魔法使いが欲しいそうでな。私がアルエット殿の名前を出したら是非力を貸してほしいそうだ

エクリール

つまり、どういうことですか

フラッペ

単刀直入に言う。サジェス殿からアルエット殿の居場所を聞き出せ

その言葉で、エクリールは思い出した。
自分は、サジェスの従者ではなく監視役だったのだ。

サジェスが他の国の間諜に接触されないように。
そして、消えたアルエット・コネッサンスの居場所を秘密裏に探るため。

フラッペ

実はかねがねアルエット殿も軍に欲しかったのだ。魔法の属性は違うとはいえ同じ天才だ。サジェス殿が使い物にならなくなったときのためにな

エクリール

……………………!!

エクリールは、さっきのサジェスを思い出す。
シャンスからの言葉を受けて絶望し、自暴自棄に陥っている「天才」のことを。

もし、サジェスの精神があのまま戻らず、使い物にならなくなったら、サジェスはこの先どうなるのだろう。

フラッペ

引き続き、貴殿にはサジェス殿の監視とアルエット殿の情報を探ってほしい。いいな?

エクリール

……………………分かりました

フラッペ

よく言った!では良い結果を期待しているぞ

エクリールの肩をバシバシと叩いて笑いながら帰っていく上官。

廊下に一人立ち尽くすエクリールは、なぜ自分が監視ではなく従者としてサジェスに接してきたのか、感情的になってついサジェスにあんなことを言ったのか理解した。

エクリール

私は……ただ単純に…………

エクリール

サジェス様のファンだったんだな…………

サジェス・エフォール

出て行ってくれ!!ボクには従者も監視もいらない!!

エクリール

だけどもう私には…………

エクリール

サジェス様に仕える資格はない……………………

胸が、ひどく傷んだ。
エクリールの頬を一筋の涙が流れ落ちる。


そして、天才の従者はゆっくりと玄関に向かって歩いて行く。
自分の無力さと上司の指示を憎みながら。


誰よりも明るい主人に、さようならと心の中で告げながら。

To be continued...

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