きのこがたくさん採れたんだ


ライオネスはそういって作業場に顔を出していた。

下ごしらえに、何人か手を貸してほしいんだけど


誰が行くのだろう――ライオネスと自分の手元とを交互に見ていると、コーラルはライバに声をかけられた。

コーラル、休憩してライオネスの方手伝っておいでよ

え?


驚いて顔を上げる。
自分が請け負った刺繍は、まだまだ先が長い状態だった。
ライバは微笑んでいる。

平気よ、がんばりすぎもよくないし


周囲の女たちも、口々に

いってきな

といってくれた。

それじゃ……ちょっと、席を外させてもらいます

またね

手を振る女たちに背を向け、ライオネスに駆け寄る間にコーラルは笑顔になっていた。

彼を前にすると、どうしても自然と顔がほころんでしまうのだ。

黄昏が忍び寄る道を、ゆっくりした歩調で進んだ。
森できのこを採ったときの話をするライオネスの足は、村の中央につながる道から外れている。

こっちでいいの?


コーラルが指摘すると、ライオネスは笑顔で進む道の先を示した。

休憩がてら、ちょっと遠回りしよう


ゆるやかだが、道は登り坂になっている。
大木が途中にあり、そこで道を曲がった。木で隠れていた視野が開けると、急に坂の勾配がきつくなる。

ここを上るんですか?

びっくりして尋ねたコーラルに、ライオネスは無言で手を差し出した。
意図がわからず、だがコーラルは彼の手をにぎった。

彼の手は大きくて温かった。

ライオネスの指ににぎられると、コーラルの手はすっぽりと彼の手中に包みこまれた。

胸が急に早鐘を打ちはじめる。苦しいと思うほどだ。

手を取ってもらい上った坂の先は、見晴らしのいい場所だった。
全景を視野に納めるには高度が足りないが、夕日に染まる森の姿は美しかった。

きれい!

だろ? 喜ぶかと思って

坂の上にたどり着いても、ライオネスはコーラルの手を離さなかった。
コーラルも振り払う気にならない。

ライオネスが放すまでそうしていよう、と胸で決めた。

ライオネスの髪みたいな色ね。ほんとうにきれい

彼の赤い髪に目を移す。

ふと、村の面々の髪には金や茶が多く、彼とおなじ色が見当たらないことに思い当たった。

村では、ライオネスの赤毛は珍しい……?

そうだね、ほかにはいないと思う

彼の家族の話を聞いたことがなかった。

女衆と話していて彼が話題に出ても、すぐ次の話に移ってしまった。

彼女たちの話題は移ろいやすかったし、最近は年齢の低い少女たちにコーラルは囲まれていた。
口うるさくしないコーラルは、少女たちに慕われていた。

俺はこの村の出身じゃないから

そう――だったんですか。みんなと親しくしてるから、てっきり

それをいうなら、コーラルだって親しくなってきてるよ

そうだと、嬉しいです


ライオネスの目が森を見下ろす。コーラルがそれを追うと、彼は一方向を指さした。

あのあたり、コーラルの家だよ

ここからだと、そんなに離れてないように見えるんですね。あっという間に着きそう。

雨の日に出歩いてたね

え?


彼の顔を見ると、いたずらっぽく笑っていた。
びっくりしすぎて言葉が出ない。

けっこうここで考えごとをするんだけど……雨の夜にちらちら光るものが見えて、確認しに行ったことがあるんだ

森でひとりだと思っていたコーラルは、散歩中歌ったりしていることもあった。
そんなところも見られていたのだろうか? 恥ずかしくて、コーラルは思わずにぎった手に力をこめていた。

森の家におばあさんが住んでるのは知ってたけど、コーラルのことはなにもいってなかったから。隠れてるのかと思って、村のひとにいわないでいたんだ


手をにぎっているライオネスの指に力がこもる。

私、ぜんぜん気がつかなかった……

雨のときだけだったからね。気配も消しやすかったんだと思う


ふたりの指は強くからみついている。

森でコーラルを見かけたときから、話をしてみたかったんだ

声をかけてくれたら……

夜の森で突然声をかけられたら、怖くないか?

急に声がかかることを想像して、コーラルはきまじめにうなずいた。

そんなことになったら、悲鳴を上げて駆け出してしまうに違いない。

ラトゥスばあさんが倒れたとき、家まで荷物を運んだだろ? あのとき、きみに会えたらいいな、とは思ってた


あのころは他人の目が怖くてたまらなかった。
コーラルは胸に冷たいものがこみ上げて、ゆっくり息を吐く。

目の色のことで、あんなに思い詰めてるとは思わなかったよ。このあたりじゃ、邪眼って見方もしないことだし

場所が変わると、常識も変わるってことでしょうね


薄くコーラルは笑う。

でもいまだって、家族のもとに戻れば……私は邪眼です。誰とも目を合わさないで暮らすことになります

この先のことは、話し合いはしてある?


首を振る。
手紙のひとつもやりとりをしていないのだ。

家族にしたら、私の邪眼は忘れてしまいたいのかもしれないです


笑い飛ばしたかったが、うまく行かなかった。
上擦った声のコーラルの手を、ライオネスはするりと放した。

指先が寂しくなったコーラルの肩を彼は抱きしめてくる。

ライオネス……!


悲鳴に似た声が出ていた。
かまわずライオネスはコーラルを自分の胸に引き寄せる。

きみが邪眼だっていうなら、森で見かけたときから……俺は囚われてるんだろうね


コーラルは肩の力を抜いていた。

きみのそばにいたいんだ

嬉しかったが、それを伝える言葉を選べない。
それでも伝えたかった。

おずおずと彼の胸に手を添える。

ライオネスはあらがわず、コーラルもあらがわない。
鼓動の強さも、息苦しさも、胸を占拠する重苦しさも変わらない。
コーラルは気がついていた。

――そうだ、私は。

抱きしめられたまま、コーラルはわずかに顔を上げた。
ライオネスの顔が近づく気配がして、目を閉じた。

彼のくちびるがひたいにふれる。

やわらかいくちづけを受け、コーラルは彼の胸に身体を預けた。

きみに会えて……よかった


――そうだ、私は彼のことが。

コーラルはようやく、自分のなかで培われているものが、ライオネスへの恋心なのだと悟っていた。

ep10 胸に宿っていたもの

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