Episode3とんでもない約束
Episode3とんでもない約束
闘子……、闘子よ……
誰かが闘子を呼んでいる。耳障りの良い穏やかな声。誰なんだろう。闘子の周りにはこんな声の持ち主はいない。でもどことなく聞き覚えがあるような声だ、と闘子は思った。
誰……?
目を開けると、闘子は見知らぬ場所にいた。豪華な造りの庭園……なのだろうが、闘子の目には何故かぼやけて映る。不思議な場所だった。
闘子……、久方ぶりだな。
この姿で会うのは、だが。
もっと不思議なことに、音もなく闘子の目の前に青年が現れた。しかし頭がボーッとしていて感覚が麻痺しているのか、闘子は特には驚かなかった。むしろ青年のいで立ちの方が気になる。美しい青年ではあったが、古風な恰好に耳と尻尾を付けているのだ。
闘子の友達が見たらすごく喜びそうだ。確かああいう格好をした人を……
そうだ、コスプレイヤーだ!
コスプレイヤーではない
青年は闘子の心を読んだかのように、すぐさま否定した。つくづく不思議な青年である。
やはり覚えておらぬか。仕方あるまいな……
青年から白い煙が出てきたか思うと、彼の姿はなくなっていた。代わりに、今日再会したばかりの白狐、シロが闘子を見上げている。
私だ。これならわかるな?
シロ!?
じゃあさっきの人もシロなの……?
そうだ。本当の名前は蓮(れん)という
シロ――もとい蓮はそう言うなり、再び白煙を上げて先ほどの青年へと姿を変えた。
その様子では、私たちが交わした約束も忘れてしまったのだな……?
そう呟く蓮はとても悲しそうである。
どうやら闘子はこの青年と会ったことがあるらしい。しかし全く思い出せない。闘子は申し訳なくなって俯いた。
ごめんなさい……
いや、仕方あるまい。元々お前は、我々のような者の干渉を受けにくい存在。私と会話をしている時は、夢うつつのような状態になっていたのだろうな
でも、シロのことは覚えていたよ……
あれは私が現世に関われる姿。だからちゃんと”そこにいるもの”として認識できたのだ。本来の姿で私を認識できるものは限られている
そうなんだ……。それで、私はシロ、じゃなくて蓮さん……と何を約束したの?
”さん”はいらぬよ。どうか蓮、と
あ、うん……
それで約束の件だが、お前はもうじき18歳になるな?
うん、あと一週間で18だけど……
18歳になったら私の嫁になる、と。そういう約束だ
え……!?
闘子は呆然とした。何という約束をしてしまったんだろう。今、闘子には好きな人がいるのに。
な、何でそんな約束したの……?
ふむ、朝まであまり時間がないな……。かいつまんで話そう
あれは私たちが出会った時のことだ、と蓮が遠い目をして語りだした。
お前を一目見た瞬間、私は背筋が震えたよ。なんという不憫な少女だろうとね。
なんということだ、この娘……
とてつもない悪縁の持ち主……!
あの時、私の目にははっきりと見えたのだ。お前を取り巻く悪しき縁がな。
特に男に関する縁が極めてよろしくないのだ。
お前は幼い頃から美しい子だった。それだけでも苦労するであろうことは目に見えていたよ。
そんなお前が不憫に思えてな、だから守ってやりたいと思ったのだ。
お前が足蹴く通っていてくれる時は、私の力で守ることができた。しかし私が休眠期に入ったらこの子を守ってやることができない。
休眠期……?
ああ、私は200年の間に1回、10年間の眠りにつくのが習性でね。その期間を休眠期と呼んでいる。あの時は丁度それを目前に控えていた、というわけだ。
話を戻すぞ。そういうわけで、どうしようかと考えあぐねた結果、契約を交わすことに決めたのだ。人で言う婚約だな。
早速それをお前に持ち掛けてみた所、お前は可愛らしい笑顔を浮かべて私と婚約すると言ってくれたのだ……。
わ、私のことを思って考えてくれたのは嬉しいけど、どうしてそうなるの……?
伴侶となるものに守護をかけることができるのだ。邪なる心を持った男がお前に近づかんようにな
え……?
ただどういうわけか守護が変質してしまったようでな、邪な心を持っておらずとも身内以外の男は近寄れんようになってしまったようだ。稀に耐性のあるものもいるようだが……
闘子は愕然とした。つまり、今まで男の子たちから怖がられていたのは、蓮がかけた守護のせいだったのかと。
闘子を守ってくれたというのは有難いが、闘子は素直に喜べなかった。
そんな……。その呪いみたいな守護、解けないの?
案ずるな。18歳になれば晴れてお前は私の妻となり守護は解ける。今まで寂しい思いをさせてすまなかったな
晴れやかに笑う蓮はとても嬉しそうだ。けれど闘子は笑うことなんてできない。心は悲しみでいっぱいだった。
しかし闘子は契約を交わしてしまったのだ。たとえ覚えていなくても、守らなくてはいけないのだろう。蓮が嘘を言っているとも思えないし、今まで守ってくれたという恩もある。だけど……
じゃ、お大事に!
無理だよ……。
だって、私、今好きな人がいるから……
徹のあの笑顔を思い浮かべたら、闘子は堪えられなくなってつい言ってしまった。
どうせ、その者のことは本気ではないのだろう?
そんなことないよ!
私はいつも本気で好きだった……!
闘子の脳裏に今まで好きだった男の子たちの顔がよぎる。でもみんな闘子を恐れて逃げて行った。自分の何がいけなかったのだろうと、随分悩んだりもした。
しかしそれがよくわからない呪いみたいな守護のせいだったなんて。このまま蓮の元にいっても、闘子の気持ちはきっと晴れないままだろう。
ふむ……
それきり蓮は黙り込み、煙管をくゆらせた。そしてゆっくりとした動作でふぅっとため息のように煙を吐き、闘子の目をじっと見つめた。
本気で好きなのか?
うん、すごく好きなの……
そうか……
いいだろう。18歳までに雲母徹とやらと想いを通じ合わせることができたのなら、契約はとりけしてやろう。しかし……
それが出来なければ、契約通りにお前を連れて行くからな
え、本当に?
でも、守護があるから……
守護は解かぬ。本気で好きだというのならば、守護の障害など乗り越えてみせてほしいものだが
わ、わかったよ……
私、絶対徹君を落としてみせるから!
力強く宣言すると、蓮は顔を顰めて首を傾げた。
寝技を掛けて絞め落とす、という意味ではないだろうな?
そんなものは無効だぞ?
そんなことしません!
徹君を振り向かせてみせます!
闘子は真っ赤になって訂正した。