Episode2 不思議な白狐

 
  





 

幼い闘子

やだな……

 闘子は帰り道を急いでいた。

 遊び過ぎて遅くなってしまった、というわけではなく、さっきから変な人がついてくるのだ。

幼い闘子

何でついてくるの……?

不審な男

……

 最初は気のせいかとも思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。というのも付かず離れずの距離をずーっと保ったままでいるのだから。大人の足なら、闘子なんてとっくに追い抜かせるはずである。不審に思って振り返ると――

幼い闘子

ううっ……

不審な男

……

 変な人は闘子に視線を据えたまま、気持ち悪い笑顔を浮かべている。闘子はますます気味が悪くなってしまった。
 

幼い闘子

送り迎え、断るんじゃなかった……。

 こんな時に限って携帯を忘れてしまったし、滅多に通らない道は、人通りがなく余計に心細い。一応武道はたしなんでいるものの、子供の自分が大人をどうにかできるとも思えない。
 いよいよ怖くなってしまった闘子は、小さな足で駆けだした。

幼い闘子

えっ!?

 するとすぐ後ろから同じような音がする。闘子はぎょっとして後ろをちらっと見た。
 あの不審な男も走っている。怯える闘子を面白がるように笑いながら。

不審な男

はぁはぁ!

幼い闘子

やっぱり後を付けてるんだ……!

 闘子が戦慄したその時である――

こちらにおいで

幼い闘子

え……?

 彼女の耳に届いた囁き声。そして目の前に突然現れた綺麗な光。不思議な現象に、闘子は走りながらも目を見開いた。

大丈夫だ。光の指し示す方向へ……

 低く穏やかな耳通りの良い声は、恐怖でいっぱいだった闘子の心に安堵感をもたらした。この声は私を助けてくれる。こんなに暖かい声なのだから、決して悪いものではない、と。

 声に誘われるように光を辿る。やがて道を逸れ、光はあの神社の石段へと続いていた。

 闘子はがむしゃらに走った。あそこに行けばきっと大丈夫。石段を駆け上がり、鳥居をくぐる。そして――

幼い闘子

ひっ!?

不審な男

はぁ、はぁ……!
ひひ、つ、つーかまーえた……

不審な男

ぎゃっ!?

 白い影が闘子の目の前を横切ったかと思うと、次に聞こえたのは不審者の悲痛な叫び。

グルルル……!

 身軽な動きで闘子の前に降り立ったのは、一匹の白い狐だった。

不審な男

ひぇっ! う、ウイルスに侵されちゃうよぅ!

 腕でも引っかかれたのか、不審な男は右手を庇って逃げていく。寸でのところで事なきを得た闘子は、ほっとしてその場にへたり込んでしまった。

幼い闘子

怖かった……

キューン……

 狐が警戒態勢を解いて、闘子の傍にトコトコと歩み寄る。闘子は少しびくついたが、さっきの獰猛な唸り声とは違う可愛らしい声を聞いて、ほっと気を緩ませた。

幼い闘子

ありがとう、助けてくれたんだよね……。撫でてもいい……?

 おっかなびっくり手を出すと、狐は闘子の隣にぺたりと座り込んだ。

 随分人に慣れているようだ。神社で飼っているのかな? と思いながら闘子は狐の背に触れる。ふんわりと暖かな毛の感触に、闘子の頬が綻ぶ。狐も気持ちがいいのか、顎を前足につけてくったりと目を閉じた。

幼い闘子

さっきの声はもしかして君?

クゥ……

幼い闘子

そうだよって言ってるのかな?
それとも神様がこの子に助けてやれって
言ってくれたのかな……?

 幼い闘子は、色んな想像を膨らませて微笑んだ。
  
 

 
 

 それからというものの、闘子は今日まで蓮美神社に足蹴く通った。毎日神さまにお礼を言うために。
 そうするとあの白狐も必ずいたので、自然と闘子の遊び相手となっていた。彼のことをシロと名付けて、仲良く駆け回ったものだった。

 ところがシロはある日突然姿を消した。神主に聞いたところ、そんな狐は知らないと言う。この神社で飼っているのではないらしい。

 だから闘子は思った。シロはやっぱり蓮美神社の神さまだったのかもしれない、と。

こんなに綺麗な白狐が野良だなんてあり得ないもんね。ここ、街中だし

本当のところはどうなのかな~?
シロはここの神さま?

クーン!

 するとまるで返事をしているみたいに、シロが一際高い鳴き声を上げた。闘子のされるがままに撫でられていた彼は、閉じていた目を開けて闘子を見上げている。

……やっぱりそうなの?

 再び撫でてやると、シロは気持ちよさそうに目を閉じた。

気のせいかな、それとも本当?

 本当だとしたらとても素敵なことだ。神さまと友だちなんて、普通ならなれるものではないのだから。

もしそうだったら、大分おじいちゃんだよね

 どっちにしてもシロは大切な友達だけど、と闘子はくすりと笑った。



 

  
 
 
  

 ゴーンと日暮れを告げる鐘の音が鳴る。闘子はハッとして辺りを見回した。久々の再会に感激して、時間を忘れてしまったようだ。日は既に傾き、夕日が辺り一面を染めている。

そろそろ帰らないとかな…

 闘子は立ち上がってスカートの裾を整えた。

じゃあね、シロ。また来るからね!

 闘子が歩き出すと、シロもとてとてと付いてくる。しかし鳥居の前までくると、シロは立ち止まって闘子をじっと見つめていた。昔も闘子が帰る時によくこうやって見送ってくれたものだった。闘子も昔みたいに微笑んで手を振り返す。

バイバイ!

 やがて闘子の後ろ姿が小さくなった頃、シロが喉からクルルと小さな唸り声を上げた。

 

まさかこんなことになっていようとは……。すまない、闘子よ。
しかし後数日の辛抱だ……

 シロが呟いた不鮮明な声は、当然の如く闘子には届かなかった。
 
 

Episode2        不思議な白狐

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