語尾を弾ませながらケンタが開け放った扉の先は、薄暗い部屋だった。
天井に一つだけの電球では明らかに光量が足りず、部屋全体を照らしきれていないのだ。
そんな部屋へと、何の衒いもなくすたすたと入っていくケンタへ、電球の下へと出てきた一人の男が声をかけた。
もどったわよ♪
語尾を弾ませながらケンタが開け放った扉の先は、薄暗い部屋だった。
天井に一つだけの電球では明らかに光量が足りず、部屋全体を照らしきれていないのだ。
そんな部屋へと、何の衒いもなくすたすたと入っていくケンタへ、電球の下へと出てきた一人の男が声をかけた。
お、戻ったか……
で?
どうだった?
何か手に入ったか?
う~ん……
せいぜいがあの機械たちの鉄とか部品とかくらいでしょうね……
ここから出るために必要なものは中々ね……
そうか……
ああ、でも……
この子たちなら拾ったわよ
ほら……そんなところに突っ立ってないでこっちへいらっしゃい……
そういって、ケンタは入り口で立ち往生していたアキラとショウコに中に入るように促す。
アキラとショウコはお互いに顔を見合わせた後、おずおずと足を踏み入れた。
お?
なんだ?
俺たち以外にも誰かいたの……か……?
薄暗がりから二人が入ってくる気配を感じて、ケンタと会話していた男が一瞬顔を明るくさせ、アキラたちの姿が浮かび上がった瞬間に、その顔色を一変させた。
おいちょっと待て!!
そいつらもしかして……!
彼の剣呑な空気が伝わったのだろう、それまで奥にいた幾人かが、何事かと電球の下に姿を現す。
何よ……
どうかしたの?
……ってそんな!
おいおい……
マジかよ……
…………
小さな明かりに照らし出されたアキラたちを見て、皆一様に顔色を一変させる。
その様子に、アキラとショウコが揃って首をかしげていると、最初にケンタを出迎えた男がケンタに詰め寄った。
おいてめぇ……!
なんでこんな奴らを連れてきやがった!!
そいつらはキャリアーじゃねぇのか!?
ちょっと……!
それが本当なら私たち……!
ケンタに詰め寄った男の言葉で、部屋の中にいた全員に同様が伝播していく。
そしてそれはアキラたちも例外ではなく、ショウコは不安そうにアキラに寄り添い、アキラ自身もごくり、と喉を鳴らした。
そいつらはここに連れてくるべきじゃなかった……
今からでも遅くない……
伊賀島……そいつらをつまみ出せ
あたしも廣田に賛成……
まだ死にたくない……
私も志木城さんや廣田さんたちと同じです……
半田さんもでしょ?
当たり前のことを言うな、香具山!
俺だって死にたくねぇに決まってるだろ!
話がどんどん不穏な方向へと進んでいく中、ケンタが慌てて口を開いた。
ちょっと待ちなさいよ、あんたたち……!
機械に殺されそうになっていたこの子たちをまた放り出せって言うの?
いくらなんでもそれは……!
それにあたしたちなら、例えこの子たちが本当にキャリアーでも平気なはずよ?
被検体として何度もキャリアーの子たちと接触してきたじゃない……
その結果、あたしたちはこうして生きている……
だからこのたちも……
伊賀島……
あんたの言うこともわかる
確かに俺たちは、何度も実験を重ねてキャリアーの子供たちと接触してきた……
その結果、俺たちはこうして生きている……
それに、その子たちだって好きでキャリアーになったわけじゃねぇし、何の罪もねぇことも分かる
けどな……忘れちゃいねぇか?
俺たちが接触したキャリアーは、あくまでもガラス越し……
同じ空間にいても、ガラスと言う壁がそこにはあった……
けど……ここにはそれがない……
こいつらの不安も分かるだろ?
被検体、実験。
そんな言葉が、ここにいるはずのない大人たちの口から飛び出したことで、ようやくアキラはおおよその事情を理解した。
つまり、ここにいる彼らは世界中を震撼させている「Pウィルス」の対処方法を確立するための被検体として、アキラたちと同じ船に乗り合わせたのだ。
でも……
じゃあ何でこの人たちはこんなところに……?
普通、設備が整った場所にいるはずじゃあ……?
そんなアキラの内心の疑問を読み取ったのだろう、直前まで言い争いをしていたケンタが振り返り、その答えを口にした。
あたしたちはね……
実験施設から逃げてきたの……
あそこは酷い地獄だったわ……
毎日たくさんの血を抜き取られて……安全か銅かも分からない薬を打たれて、まるで実験動物のように……
いえ……実際に私たちは研究者の彼らにとって実験動物だったんでしょうね……
何度も体中を切り開かれたりしたわ……
ケンタの言葉をきっかけに、言い争いを中断してそれぞれが辛そうに顔をゆがめながら語っていく。
目の前で、同じように連れてこられた連中が次々と死んでいった……
ウィルスが発症したり、実験の失敗だったり、原因はいろいろだったがな……
最初はたくさん人がいたんだけど、結局あそこで生き残ったのはごく僅か……
しかも、たとえ生き残っていても、今後も助かる保証はどこにもない……
どれだけ死にたくないと訴えても……
どれだけ実験に抵抗しても……
待ってるのは死への片道切符だけ……
そんなのはここにいる誰もが嫌だった……
だから俺たちは逃げ出すことにした……
研究者のヤローどもの隙を突いて相談して、実験の一瞬の隙を突いて脱走したんだ……
けどまぁ……
ここは隔離された船の中だろ?
だから逃げ出したはいいけど、脱出するための手段が見つからなくて、こうして小さな部屋にとりあえず逃げ込んだってわけだ……
彼らの話を聞いて、ショウコが肩を震わせながらアキラにしがみつく。
確かに伊賀島の言う通り、俺たちは「Pウィルス」への抵抗力がある……
何度もキャリアーと接触してきて、今もこうして生きているのが何よりの証拠だ……
けどな、それでもキャリアーと同じ空間にいるということは、俺たちにとってどうしようもない不安を齎すんだ……
あたしたちだって、あなたたちに罪がないことくらいは分かってる……
けど、やっぱり駄目なの……
同じ場所にはいられない……
すまないが、俺たちには俺たちの事情ってモンがあるんだ……
その言葉をきっかけに、部屋の中にあった別の扉へと入っていく彼らを、アキラとショウコはただただ見送ることしかできなかった。