依然ひとの目を見ることに気持ちの壁を抱えていたが、コーラルは村の女衆のなかに徐々に溶けこんでいった。

彼女たちは素直に赤い目を珍しい、と評したが、珍しいだけではすぐ飽きる。

関心はコーラルの赤い目ではなく、貴族の出自について向けられるようになっていった。
貴族の暮らしについて、年若い娘たちはことあるごとに聞きたがった。
童話のような、夢物語に似た暮らしを貴族が送っているもの、という先入観があるようだ。

コーラルとしても夢のある話をしてやりたかったが、部屋に閉じこもり続けていた身だ、きらびやかな逸話を披露してやれない。

でも、きれいなドレス着て舞踏会に行ったりするんでしょ?


十にも満たない少女は気軽にコーラルに質問する。
コーラルは手元の針仕事に目を落としたまま、ちいさく笑った。

ずっと部屋にいたから、ほんとに社交界に出たことはないんです

しゃこーかい?

ええと……おしゃれをして、ごちそうを食べて、いろんなひととおしゃべりをする……の、かな


説明しながらコーラルは胸に虚しいものが広がるのを感じた。

おとぎ話に登場するお姫さまみたいな暮らしを貴族がしている、と信じている少女と、自分との差違がわからなくなっていた。
自分も実際に社交界に出ていない。社交界どころか、コーラルは屋敷からずっと出ていなかった。

コーラルの世界は、村の少女よりもちいさかったのだ。

しゃこーかいに行くと、王子さまいるのかな。コーラルさま、知ってる?


コーラルは微笑んだ。

ほらほら、おしゃべりしてコーラルさまを困らせないの

横から年嵩の女が口をはさむ。

助け船にコーラルは顔を上げた。

まだ気後れするが、相手の目を見ることに抵抗が薄れつつあった――なぜなら、村に通い出したコーラルの前で、邪眼の餌食と思われる現象はなにひとつ起こらなかったからだ。

あの、できたらでいいんですが……

なんでしょう?


一度彼女から目を逸らし、再度コーラルは目を向けた。

さま、をつけて呼ぶのは……やめていただいてもいいでしょうか

……よろしいんですか?

曲がりなりにもコーラルは貴族だ。

本来なら村人に混ざって祭りの支度をする身分ではない――中央に然るべき通報があれば、村人を罰するために役人が現れてもおかしくないのだ。
しかしコーラルは貴族らしからぬ貴族だった。
他人と接触してきていないのだから、それらしい振る舞いを身につける以前の問題だった。
ひととの交流に不慣れでも、実直に接すれば村の面々はコーラルを受け入れた。

ただ森は神に言祝がれた尊い場所であり、そこに地所と家を所有するコーラルの家を疎む向きはあった。

その代表がドゥルザ医師だが、ラトゥスが負傷しつつも家事をするようになると、きついもののいい方はなりを潜めていっていた。

刺繍を刺しに通う日々、一度気軽に名を呼んでもらうと、もう丁寧な言葉遣いで接してもらうのがいやになった。
ゆるゆるとコーラルも村の面々に気持ちをほぐしていっていた。

祭りの準備に通うコーラルに、部屋を用意しよう、という話があったが断った。

森の家と村の間を、ライオネスと歩く。
それがコーラルにとってなによりの楽しみになっていた。
自分の胸にある温かくむずがゆいものがなんなのか、コーラルは量りかねていた。

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