ライバをはじめとする女性たちは、窓を開け放したその建物で染め物や刺繍に勤しんでいた。

なにも置かれていなければ、やたらと広い真四角の部屋だ。
いまは道具とともに女たちが詰めかけ、手狭な状態になっている。
部屋の一画で湯を沸かしており、そこで染め物をしているため、窓を開け風を通してもむっと熱い。

くたくただったが、たくさんの視線にさらされている。
コーラルはぐったりしている場合ではなかった。

自分でもかたいとわかる笑顔を浮かべ、コーラルは虚空に視線を定めた。たくさんの顔がありすぎて、かえって特定の目を見ないですむので気が楽だ。

おばあさんのお加減はいかがでしたか?


コーラルの応対に前に出たライバは、ひたいの汗をふく。

ああ、しばらく先生のところに


こたえたライオネスに、ライバは首を振った。

あたしはコーラルさまにお訊きしてるんですよ


 肩をすくめたライオネスは、コーラルを振り返った。

俺はもう行くけど、大丈夫?

コーラルさま、こちらにどうぞ。お昼はどうされました?

ライオネスの存在を無視し、ライバはコーラルを手招いた。
べつの女が出てきて、ライオネスを追い払うように手にしていた布を振る。

あれよあれよ、という間にライオネスは追い出され、コーラルは奥にある大きなテーブルに追い立てられた。

あ、あの

お昼食べながら、どうするか決めましょうか、好き嫌いは?

とくには


木のカップに注がれたスープと、チーズのはさんであるパンを渡される。
どやどやとテーブルにひとが集まり、着席した全員がおなじメニューを手にしていた。

席につけなかった女衆も、テーブルのまわりに立って食事をはじめた。
たくさんの人間が一斉に食事をする――無数のしゃべる声で、うなりのような不鮮明な音が生まれた。

コーラルの横の席に着いたライバが、スープを飲みこむと話しはじめた。

祭りで成人たちを祝います。成人する子たちに、女衆で晴れ着を用意してるんです


ここで染め上げた布に、刺繍を施すのだという。
作業に遅れが出ていて、ちょっとばたばたしている、とパンを咀嚼しながらべつの女が話を引き継いだ。

今年は成人する子がいつもより多いんです

なにかお手伝いできることがあれば……


ためらい勝ちにコーラルが申し出ると、いい終わらないうちにテーブルの女たちが口を開いていく。

いいんですか? 申しわけないけど助かります! ひとりでも手が欲しくって……さっき家で刺繍してるって話してらしたじゃないですか、ちょっと、誰か図案持ってきて。お見せして

いま持ってく、と返事がどこからともなくあり、刺繍の見本が施されている大きな布がテーブルに運ばれた。

それは赤い糸を使った緻密な刺繍である。

大輪の花や羽根を広げた鳥――特徴があるものの、一目でめでたい日にふさわしいとの感想を抱いた。
緻密ではあるが、コーラルの腕でも可能なものだった。
刺繍をのぞきこんでいたコーラルは、周囲の女衆が自分をじっと見つめていることに気がついていた。

顔を上げるのが怖い。
しかし怖がっていても仕方ないとも、怖がらなくていいのだ、とも思う。

――ここでなら、私は邪眼と呼ばれたりしない。

コーラルは木のカップに添えていた指をにぎった。

ほんとうに、私もお手伝いさせていただいても……?

願ったりかなったりです

横のライバがそうこたえると、場の女衆がいっぺんに話し出す。

あまりにたくさんの言葉があふれ出して、ほとんどの言葉を拾うことができない。
それでも、

やったぁ

よかった

助かるぅ

などと、喜んでいるのだとわかる言葉を耳にした。

コーラルはそっととなりのライバを見る。
目が合っても、ライバは逸らさなかった。

よろしくお願いいたします。みんなに話は通しておきます。コーラルさまのご都合のいいときに、ここに来ていただければ

先生のところにもお見舞いに行きますので、できるだけこちらのお手伝いもさせていただきます

ありがとうございます。さっそくですが、いまからでも?


コーラルはうなずいた。
ライバの合図で女衆が席を立ち、それぞれの持ち場に散っていった。

コーラルに針道具を抱えた少女が駆け寄ってくる。

こっちこっち

ライバの方を見ると、もう彼女はべつの仕事に首をつっこみ、指示を出しているところだった。

コーラルは少女についていき、すでに針と糸を構えている女衆の輪に入っていった。何人かでかたまり、一枚の大きな布に刺繍をしていく。壁に貼りだした見本を指さした少女が、コーラルが針を刺す部分を指示してくれた。

コーラルは大輪の花の刺繍を刺しはじめる。手元に目を落としていられるため、女衆の輪にいるのは苦にならなかった。
途中刺繍の腕をほめられ、コーラルは照れ笑いをしながら作業に勤しむ。
ぱらぱらと世間話をする女衆のかたわら、コーラルはせっせと刺繍に励んだ。

手仕事をしていると時間の流れはとてもはやい。手元が暗くなり、部屋に明かりを入れるが十分ではなかった。部屋が広すぎるのだ。

となりにすわっていた少女が、重い息を落としながらつぶやいた。

今日はこのくらいで、お開きね


誰かがつぶやくともなしにつぶやいた声を合図に、刺繍に励んだ女衆が腕や背をのばして身体をほぐす。

コーラルさま、明日も来られる?

ええ、来ようと思ってます


尋ねてきた少女の顔を見ようとしたものの、コーラルは顔を上げるのを止めていた。
無意識のうちに、他人の目を見ず、他人に目を見せないようにしてしまう。身体に染みついた動きだった。

ね、コーラルさま、迎えだよ

迎え?

ラトゥスは足を怪我しているはず――少女が指さした方向を見ると、開いた戸口にライオネスが立っていた。

彼の姿を認めて、コーラルはまだ手にしていた針を取り落としそうになった。くすくすと女衆が笑いさざめく。
真っ赤になりながら針をしまい、コーラルはライオネスの元に駆けた。

どうかなさいましたか?

様子を見に来たんだ。そろそろ終わる時間だろうし


女衆の方を見ると、お疲れさま、と手を振っている。
濃淡様々な金色の髪と暗褐色の瞳が、コーラルを見送っていた。

コーラルもまた手を振り返し、ライオネスについて暗い道を歩きはじめた。

手伝いはどうだった?

刺繍をさせてもらっています。私でもできそうです

声をかけた責任もあるし、家までの送り迎えは俺にさせてくれないか?

いえそんな、道を覚えられれば大丈夫です。送り迎えなんて

散歩がてらだよ

森を散歩されるんですか?

うん、空気が静かで、歩いていて気持ちいいよ

雨のなか歩いていた森の空気を、コーラルは思い起こしてみる。

たしかに森は静かだった。

雨の森、暗い夜の散歩は楽しかったが、そこにライオネスがいて一緒に歩けたら――そう考えかけて、コーラルはうつむいた。

頬が熱くなっている。

どうかした?

いいえ、なんでもありません……ラトゥスのところに、行かなきゃ


 小走りに道を選んだコーラルに、ライオネスは笑った。

そっちじゃないよ、先生の家はこっち――やっぱり送り迎えはさせてもらうよ

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