質問攻めに遭うのは、コーラルにはしんどかった。
昼前、ライオネスに連れられて村に足を踏み入れたときには、忙しいはずの村の面々が待ち構えていた。
一晩しか時間は経っていないのに、コーラルが伯爵家の娘であることや、目の色のせいで森で暮らすようになったことが知れ渡っている。
ラトゥスの具合を尋ねたいのに、容態を知るものに出会わない。
質問攻めに遭うのは、コーラルにはしんどかった。
昼前、ライオネスに連れられて村に足を踏み入れたときには、忙しいはずの村の面々が待ち構えていた。
一晩しか時間は経っていないのに、コーラルが伯爵家の娘であることや、目の色のせいで森で暮らすようになったことが知れ渡っている。
ラトゥスの具合を尋ねたいのに、容態を知るものに出会わない。
ごめん、これといって口止めをしなかったから……
十くらいの子供たちに囲まれ、手をつかまれ、逃げようのなくなったコーラルにライオネスが耳打ちした。
いえ、その……ライオネスのせいじゃありませんし……でも、ラトゥスはどうしているんでしょう?
先生のところに顔を出さないで、まっすぐ迎えに行ったから……ごめん
医師の元で暮らしているのだろう、と勝手に見当をつけていたライオネスは、ドゥルザ医師の縁故でもなんでもなく、ただ居合わせただけの青年だったらしかった。
ねえ、貴族ってなにして暮らしてるの?
お姫さまなんでしょ? きらきらした冠って持ってる?
お城! お城に住んでないの? 森にお城ってあったっけ!?
ぎゃあぎゃあと、そんなに大きな声で話さなくてもいいものを、という声量で少女たちは話しかけてくる。
どうしたものかコーラルはわからず、おどおどしていた。
ひとと視線を合わせていいかも決断しかねている状況なのに、たくさんの少女たちの質問責めだ。どうしても、しどろもどろになってしまう。
邪眼について、いまさら構わない、禍々しくない、といわれたところで、どうしてそれを鵜呑みにできるのか。
ねえ、なにして暮らしてるの? 一日なにしてるの?
ずっと家にいてつまんなくない? 外のが楽しいよ!
な、なにをしてって……刺繍したり、料理したり……
えーっ!?
なにそれ! それじゃお母さんと変わんないじゃない!
そういわれても、家事をしないと……掃除しないと、部屋だって汚れる一方でしょ?
コーラルのこたえは、少女たちのお気に召さなかったらしい。
少女は手を放すと、コーラルに興味を失ったようにおたがいの顔を見ている。
しかしその背後に立ち並んでいた、もうちょっと年上の――コーラルと同世代か、すこしだけ上の女性たち――の興味は逸れなかったようだ。
ほらほら、あんたたち、お姉さんの邪魔しないの
肩幅のひろい女が口を開いた。
伯爵家の方だって、家のことをするんだよ、あんたらもちゃんと手伝いをしなさいな
少女たちはくちびるを突き出して見せ、しかし文句らしい文句はいわず、ひとの輪から去っていった。
あたしはライバ。母が女衆のまとめ役をしているので、色々と手伝っています。なにかあったら相談してください。力になります
自信に満ちた笑顔のライバから、コーラルは目を逸らした。
はい、ありがとうございます。コーラルと申します
目のことで、色々あったと聞いています
……はい
失礼します
うつむいたコーラルの頬を、ライバはそっと押し上げた。
目を逸らさないでください。村では目のことは気にしなくていいんですよ。いままでどうだったか知りませんが、赤い目はここでは縁起がいいんです
でも……っ
正面にあるライバの目は、迷いなくコーラルをのぞきこんでいた。
ここ、国境が近いでしょう? どちらかというと、おとなりのザロイにならわしが近いんです。誰もコーラルさまの目をおかしいなんていいません
まわりでいくつもの顔がうなずいた。
でも――もし、なにか起きたら
なにか起きたら、それは起きた人間のせいです
頬からライバの手が離れ、コーラルはまた目線を地面にやっていた。
どっちかというと、ひとの顔を見ない方がよろしくないです。いきなり目を見ろ、っていわれてもお困りでしょうが、村では相手の目を見て話すようにしてくださいませんか
すぐに了解できない――邪悪だといわれ、誰かの目を見てはならない、とずっといわれてきたのだ。
コーラルはかろうじてあごを引くことしかできなかった。
まあ、おいおい。先生のところにはこれからですよね?
ライバは背後に控えた女衆に、道を開けるよう指示した。
コーラルはふたたびお礼をいい、ライオネスとともに通りを抜ける――たくさんの視線を背中に受けていた。
視線は重さを持っている。
これが邪眼でもなんでもない、ふつうの人間の視線なのだ。
自分がほんとうに邪眼であり、魔力を発したとしたら、いかほどの質量を持つだろう。
ライバは頼りになるよ
親しい方なんですか?
つき合いはないけど、若い女衆をまとめてる
ほかに説明は出て来なかった。おそらくそれ以上のことを知らないのだろう。
ドゥルザ医師の家、ストールを解いたコーラルの姿にラトゥスは驚きを隠さなかった。
そしてコーラルもまた、ラトゥスの姿に驚きを隠せない。
ラトゥスは足を怪我していた。
今朝朝身支度をしようとして、派手に転んだという。
ラトゥスはしょげかえっている。二日連続で転び、どちらも大きな怪我になっているのだ。
年、なんでしょうねぇ
ベッドに腰を下ろしたラトゥスは、大きなため息をつく。コーラルには彼女が泣き出しそうに見えて、気が気ではなかった。
治るまで、もうここにいたらどうだ?
ドゥルザ医師は顔をしかめていた。
奉公中の怪我なら、伯爵に治療代をふっかけても問題あるまい?
じろりと睨めつけられて、コーラルは背中を正した。
も、もちろん、ラトゥスの治療費は……
おばあさんが先生のところに滞在するなら、コーラルだって村に顔を出しやすくなるね
ライオネスの言葉に、ラトゥスは目の色を変えた。
あなた、お嬢さまをそんな呼び捨てにして……!
ラトゥス、かまわないの、私も彼のことは呼び捨てに……
横に立っていたドゥルザ医師が、大きな咳払いをした。
あんたら、ばあさんを興奮させるな。興奮させるんなら、出てってくれ
そんないい方……!
ばあさん、俺は貴族だろうがなんだろうが、分け隔てないぞ。怪我人のあんたがおとなしくするのが第一だ
医師の言葉にラトゥスは不満そうだが、コーラルはうなずいた。
先生のおっしゃるとおりよ、ラトゥスはゆっくり身体を治して
うなだれたラトゥスの言葉を続けてかけようとすると、医師が邪険にコーラルたちを部屋から追い立てた。
あんた、これからどうするんだ? 俺はこれから診療時間だ、居座られると正直うんざりなんだがね
す、すみません、おいとまいたします
ばたばたとあわててドアから出ると、診療を待っているのか村のものが列をつくっていた。
こちらをじっと見ている村人の顔を見ることができず、コーラルは早足にその場を後にし――やがて走り出していた。
ライオネスがついてきてくれていることに、息切れして足を止めるまで気がつかなかった。
けっこう、足はやいんだね
ご……ごめんなさい、いらしてるって気がつかなくて……!
謝らないで。声をかけなかったのは俺なんだから
荷馬車が道を行き、コーラルははじに寄るとライオネスののど元に目をやった。
身長の差から、コーラルの目線はその位置になる。相手の目を見て話すべきかもしれない。
しかしそれ以上目線を上げるのはやはり怖い。
ライバのところに行ってみる?
できることがあるか……私がいると、かえってお邪魔になるかもしれません
疎まれるのが怖い――それは口に出さなかった。
それは行ってみないとわからないよ。どうする?
わずかに目を上げた。
ライオネスの口元は笑っている。
い、行って……みます
微笑んでいる彼は、どんな顔をしているのだろうか。コーラルは無性に気になった。彼の顔を見たくてたまらない、という感情が胸に広がった。
おずおずと目を上げたコーラルは、優しいまなざしのライオネスと視線を合わせた。
息がつまるような感覚がして、コーラルは頭のなかが真っ白になった。
ほら、目を見ても平気だよ
ライオネスは破顔し、コーラルの腕を引いた。
行ってみよう
は……はい
かろうじて返事をするのがやっとだ。
すぐライオネスの手は離れたが、彼のふれた部分がひどく熱かった。
道行き、彼がぽつぽつと話しかけてくれる。
彼の声を聞いていると、コーラルはなんだか緊張した。だがいやな緊張でないのが不思議だ。胸に手を当てると鼓動がはやい。
祭りの前というだけあって、その準備と思しき村のひとびとが忙しなく立ち働いていた。
切り出した木を運ぶものや、木材になにやら塗料を塗っているものがいる。
ライオネスは彼を指さし、
あの色を塗っている木材、祭りで使うんだ、乾かすのに時間がかかるから、最初に準備しておくんだよ
手短に話す彼に、行き会う村の面々は愛想がよかった。
ライオネスは呼び止められると、その都度コーラルを村のものに紹介してくれる。
誰もがコーラルの件を聞いているようだった。気にせず俺らの目を見ていい、見事な赤だね、と嫌味のない声でいう。
何人かに紹介されるうちに、コーラルは目線を上げられるようになっていた――とはいえ、意識しなければ目を上げられず、上げたままの状態を維持するのは難しい。
見上げたどの顔にも、忌々しげにする色はない。コーラルの目を珍しそうに見返し、素直に珍しい、と評した。
作業の邪魔になるから、とライオネスにうながされ、コーラルは先に進む。
女衆ならあそこに、と途中で教わった平たい建物に向かったころには昼を過ぎていて、すでにコーラルはくたくたになってしまっていた。