わたしだって、出来るんだから……!

腕まくりをして璃朱はまな板の前に立つ。
先ほど烏月が台所から出ていったのは確認済みだ。きっと食材の何かが足りず、庭で栽培しているものでも取りに行ったのだろう。
片隅にある、これから切られる野菜に腕を伸ばした。

皮むきぐらいやらせてほしいよね

包丁を取ろうとした瞬間、腕を掴まれた。
璃朱の身体が強張る。

何をやっておられますかな、姫様?

あ、あら烏月、ごきげんよう? お早いお帰りなのね……

ゆっくりと振り返れば、笑顔を貼りつけた烏月がいる。あ、これ駄目だ、と思った時には台所から放り出されていた。

ちょっとー! わたしにも手伝わせなさいよ! 聞いてますの烏月!!

姫様にやらせるわけにはいきません! それに口調が破たんしておりますぞ

直したいと思いならここに入れなさい!

口調が治るより入れない選択を私は致します。姫様はゆっくりとおくつろぎくださいませ

いーやーでーすー! 手伝わせろ烏月! 姫様命令施行するぞ!!

七瀬みたいな口調はやめてくださいませ!

なーんか盛り上がってるね

……台所から追い出された……

説明されなくても何となく分かるよ

くすくすと笑いながら三冴は璃朱の肩に手を掛ける。そのままくるりと方向変換すると有無を言わせず璃朱を台所から遠ざける。

ちょっと! 手伝うんだから!

うんうん。その気持ちだけで俺は嬉しいよ

でも料理は烏月の性分だからね。姫ちゃんはゆっくり湯浴みでもしてくればいいよ

なんだったら俺も一緒に入ろうか?

えっ!?

ほら、姫ちゃん、俺のこと女と間違えたしさ、何も問題は

問題大有りだろ、この正真正銘どすけべ野郎

背後から七瀬が三冴の肩に手を掛け力を入れる。素肌に爪が食い込むのが璃朱の目からもはっきりと分かった。

むっつり変態野郎に言われたくないなぁ

お前このまま肩の骨砕いてやろうか

きゃー、痛いのは勘弁

でも姫ちゃんが看病してくれるなら骨の一本ぐらいいいかな

あ、え!? 駄目です駄目です駄目です!!!

くそっ、と言いたげな舌打ちが辺りに響いて、七瀬は肩から手をどけた。

姫ちゃんのお蔭で肩助かったよー。あ、湯浴みしてきたら? さっき焚けたみたいだから気持ちいいと思うよ

お前が付いて行くの禁止な

それを決めるのは七瀬じゃないでしょ

えっ……と

睨み合う彼らがいつ手を出し始めてもおかしくはない。正確には一名もう既に出しているが。

ええい!

姫様命令発動します!

!?

湯浴みしてきますので、三冴は付いてこないでください! 覗くのも禁止です! 七瀬はわたしが湯浴み中に三冴に暴力を振らない! 以上!

覗くのも禁止かー残念

おい

いいですね!?

姫ちゃんがいうのなら仕方ない

こいつまじでぶん殴りてぇ

……分かった

じゃあ二人とも仲良くしてくださいね

七瀬が出てこなければ今頃楽しい湯浴み時間だったかも

お前……

本気でぶん殴りてぇ

震えている拳をどうにか止める。今、振りかぶったら負けな気がした。

三冴は鼻歌交じりで歩き出したが、突然振り返った。その顔には先ほどまでのふざけた笑みはない。

さっきのって嫉妬?

は?

何言ってんだこいつ

ふざけてるのか、とも思ったが、真面目な顔は崩れない。

んな訳ねぇだろ

そう、ならよかった。じゃあ俺が貰おうかな

はぁ?

姫ちゃんのことだよ。なんか他の奴らに取られるのやだなぁって

口調はふざけている体を装っていたが、目は全く笑っていなかった。寧ろ鋭さが増している。
宣戦布告。

何で俺にするんだよ

何で俺にこんなこと言うんだ、とか思ったでしょ

そうだよ

姫ちゃんに王冠作ってあげたでしょ?

あれは狛だ。俺じゃない

あれあれ? 俺は狛と七瀬に作ってもらったって聞いたけど

ま、真実はどっちでもいいや。それ見てさ、何か無性に苛々したんだよね

知るかよ

俺のものにしなきゃ、って思ったんだ。だから、そっちにその気がないなら遠慮なく貰うね

…………

どうぞ、と言うつもりだったが、喉に突っかかり何も言うことができない。
三冴は今度こそバイバイと言いたげに踵を返して、廊下の向こう側へ消えていった。

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