いよいよサットフィルドでの初興行が始まる。

まだ開始1時間前だというのに、
広場にはすでにたくさんの人が
集まってきてくれている。

思った以上にチラシ配りの効果が
あったみたい。



嬉しいけど、
それだけプレッシャーも感じるなぁ。
こんなに緊張するのは、いつ以来だろう。


絶対に失敗は出来ないとか、
音を間違えたらどうしようとか、
段取りはどうだったっけとか、
いつも以上に色々と考えて混乱してきちゃう。

――すっかり忘れてたなぁ、そういう感覚。
 
 

ミリア

もっと力を抜かなきゃ!

 
練習は嘘をつかない。努力は嘘をつかない。

今まで積み重ねてきたものは体が覚えてる。
だから過度に不安になることはないんだ。

それは興行をしてきて確信していること。


動揺は音にも出ちゃうもんね……。
だからもっと自然体で楽しく演奏しなくちゃ!
 
 

アラン

ミリア、準備はどうなんだ?

ミリア

あたしはバッチリよっ!
アランたちの方はどうなの?

アラン

こっちも問題ないぞ。

アラン

それよりフロストと座長が
ミリアと最後の打ち合わせを
したいみたいだぞ?
呼んでくるように言われたんだ。

ミリア

分かった。行ってみる。

 
 
 
 
 
私は舞台の横へ移動した。
するとそこでは
座長とフロストが話し込んでいた。


座長が演奏する曲目とかタイミングなんかを
フロストに伝えているんだろうな。

でもこればっかりは公演を重ねて
感覚的に覚えてもらうしかないからなぁ……。
 
 

ミリア

座長、お呼びですか?

ルドルフ

おっ、来たか。

ルドルフ

フロストには段取りの
最終確認をしておいた。
曲が移り変わるタイミングは
ミリアがリードしてやってくれ。

ミリア

分かりました。

フロスト

よろしく頼むよ。

 
フロストの笑顔が
いつもりもなんとなく硬いような気がする。
ちょっと緊張しているのかな?

外に出さないようにしているみたいだけど
私には分かるもんね。
別に隠す必要なんてないのに……。



――仕方ないっ!

興行の先輩として、声をかけてあげますかっ♪
 
 

ミリア

任せておいて。
でも演奏自体はフロストの方が
うまいんだし、
練習だってしたんだもん。
きっと大丈夫よ。

フロスト

気遣ってくれてありがとう。

ミリア

御礼を言うのは早いわよ。
それはこの町での初興行が
成功してから!

ミリア

今回はフロストにとっても
初興行だし、
何が起きるか分からないわ。
適度な緊張感で、ね?

フロスト

うん、そうだね。

 
フロストはいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
――と、言ってもさっきと比べて
わずかな変化に過ぎないけど。

いずれにしても、
少しは緊張が解れたみたいで良かった。
 
 

ルドルフ

ミリア、準備が終わってるなら
フロストと一緒に
1曲演奏してみたらどうだ?
本番に近い形の練習がてらに。

ミリア

えっ?

ルドルフ

開演を待ってくれてるお客さんも
たくさんいることだし、
サービスにもなるからな。

フロスト

それはいいアイデアだ。
演奏が終わったら
そのまま劇に入るというのは
どうだろう?

フロスト

そういう形式の舞台を
かつて見たことがある。

ルドルフ

それは面白い試みだ!

ミリア

それなら『旅立ちの青空』でも
演奏しましょうか。
有名な曲だから
知ってる人も多いし。

フロスト

うん、その曲なら僕も演奏できる。
それでいこう。

ミリア

座長は演奏が終わってすぐに
劇が始められるように
用意しておいてくださいね?

ルドルフ

承知した!

 
 
 
 
 
私とフロストは楽器を持つと、
準備中の舞台の前に出て一礼をした。

ただ、まだ雑談をしている人ばかりで
私たちのお辞儀に気付いていない人も多い。
前の方に集まってくれている
一部の人たちだけが拍手をくれた状態だった。


その後、所定の位置に移動して楽器を構える。
 
 

ミリア

……行くわよ?

フロスト

いつでもオッケーさ♪

 
小声で話しかけたあと、
私は足踏みで『タン、タン、タン♪』と
音を立て、
出だしの合図を送った。
 
 
 
 
 

 
♪♪~♪♪♪~!!
 

 
 
 
 
 

ミリア

よしっ、タイミングはバッチリ!

フロスト

…………。


興行でほかの楽器とのアンサンブルをするのは
初めてだけど、
今のところはうまくいっている。


やっぱり2つ以上の楽器があると、
音に広がりというか立体的に感じられるなぁ。

深みが出るというか、臨場感があるというか、
とにかく活き活きしている感じっ!



――誰かと一緒に演奏をするのって、
こんなにも楽しかったっけ?

それとも相手がフロストだからなのかな……?
 
 

市民の女の子

ねぇねぇ、始まったよぉっ!

市民の少女

しーっ、静かに!

ミリア

ふふっ♪

 
私たちが演奏を始めた途端、
集まってきてくれた人たちは
一斉に私たちの方へ注目してくれた。


特に幼い子たちは瞳をキラキラさせながら
耳を傾けてくれている。
跳び上がりたいくらいに嬉しいなぁ。


一方、大人たちは反応が様々――。

心地よさそうな顔をしながら目を瞑って
じっくり堪能してくれている人、
リズムに合わせて小さく体を動かしている人、
ニコニコしながら演奏する私たちを眺める人。


いずれにしても、
この場には不思議な一体感みたいなものが
生まれたのは確かだ。


 
 
――それからしばらくして、
座長が舞台の横にスタンバイする。

どうやら準備が終わったみたい。
 
 

ルドルフ

…………。

ミリア

オッケー!

 
私は座長に向かって小さく頷いたあと、
目でフロストに合図を送った。

するとフロストはパチパチと瞬きをして応える。


ちょうど曲ももうすぐ終わり。
最後の部分をしっかり盛り上げていく。
 
 

 
  
♪♪~♪♪~♪~!!!

 
 
 
  

ミリア

バッチリ決まった!

 
 

 
 
演奏を終えると、
お客さんたちが大きな拍手をくれた。

――良かった、楽しんでくれたみたいっ♪
 


さぁ、次は人形劇の本番!

拍手の余韻が落ち着いてきたところで
私はファンファーレを奏でる。

するとそれに合わせて座長が一歩前に出た。
 
 

ルドルフ

お待たせいたしましたぁ!
これよりルドルフ一座の興行を
始めさせていただきますっ!

ルドルフ

私は座長のルドルフでございます。
本日の演目は『新時代の英雄』と
なっております。
最後までお楽しみくださ~いっ!

 
座長は興行開始の口上を述べると、
深々と頭を下げた。
 
 

ミリア

よしっ!

フロスト

…………。

 
 
♪~♪~♪~♪♪~!
 

 
私とフロストは
最初のシーンで流す曲の演奏を始めた。

それに合わせて舞台の幕が上がる。


その後ろで数体のパペットたちを
操っているのはアルベルト。
さらに今はアーシャも手伝いをしている。
 
 

アラン

お土産ぇ~、サンドイッチ~、
コーヒーはいかがですか~?
一座へのおひねりも
こちらで受け付けておりま~すっ♪

 
一方、アランは道中で私たちが作った工芸品や
携帯食品、飲み物なんかを売り歩いていた。

ほかの大きな町なら
顔見知りの商人さんたちが軽食の屋台を出して
賑やかさに華を添えるんだけど、
ここでは初興行なのでツテがない。

それだけはちょっと寂しいな……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第31幕 開演前のアンサンブル

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