捜索開始から三日目の夜七時。紫月とあゆはファミレスの一角で突っ伏していた。傍から見ればテーブルに顎を乗せて対面する脱力感全開の高校生カップルだが、当人達からすればもはや周りの視線さえ気にならないくらい疲れていた。

東雲あゆ

やっぱり十年以上前に消えた人の行方なんて誰も知らないよね

葉群紫月

聞き込みに回った老人ホームも全件成果無し。とうとう手詰まりか

東雲あゆ

そういえば、貴陽さんが役に立ちそうな協力者を連れてくるとか言ってたけど……

 宗仁との対決の後、青葉にも依頼に関する諸々の事情を説明した。そこで彼女は今日、捜査能力が高い知り合いを連れてくるとか言い始めたのだ。

 少し不安だが、協力者が多いに越したことは無い。だからこうして待っているのだ。

東雲あゆ

一体、どんな人なんだろうね

葉群紫月

どっかの宇宙怪獣とかSTGのラスボスでも連れて来るんじゃねーの?

貴陽青葉

失礼な奴だな。人をインベーダー扱いしやがって

 制服姿の青葉が二人の人物を伴って紫月達の前に現れた。一人はちゃっかり青葉と仲良しになっていた龍也だ。

もう一人は青葉と同じ制服を着た女子生徒で、背丈は杏樹と同じくらいの、有り体に言って不思議な雰囲気の塊だった。呆けた印象があるし、水滴みたいな記号を鼻の下にコラージュしても全く違和感が無さそうな感じだ。

追加で三人が席につくと、青葉が隣の人物を紹介する。

貴陽青葉

こいつは私の従順なるペット、
井草水依(いぐさみなえ)だ

井草水依

どーも、ペットの水依です

 水依なる少女があゆと全く同じ姿勢で答える。

 あゆも同様に自己紹介する。

東雲あゆ

どーも、東雲あゆです。
紫月君の愛人やってます。
妊娠三か月です

葉群紫月

火野君、
いますぐこのアホを
窓の外に放り投げてくれ

火野龍也

それ以前に貴陽さんのペット発言についてはガン無視っすか

 駄目だ、話の電波が混線している。この中でまともな人間は俺と火野君だけか。

 龍也が気を取り直して青葉に質問する。

火野龍也

貴陽さん、さすがにペットは冗談っすよね?

貴陽青葉

いまここで冗談かどうかを試してみるか?

火野龍也

いえ、結構です

 龍也の即答は妥当な判断だった。青葉なら本気でやりかねないからだ。

 青葉がメニュー表を見ながら言った。

貴陽青葉

ところで紫月君によると、東雲さんは二曲輪猪助とやらの行方を捜しているという話だったな。面白そうだから私も及ばずながら協力させてもらうが、その前にやっておくことがある

葉群紫月

どゆこと?

貴陽青葉

水依、出番だ

 青葉が命じると、水依は姿勢を正し、足元の鞄からトレーシングペーパーの束を取り出して、図面用のシャープペンで何かしらの模様を紙の上に描き始めた。

葉群紫月

? この子は何をしてるの?

貴陽青葉

水依お得意の図形占いだ

葉群紫月

図形占い?

 まるで聞いたことが無い占術だった。

貴陽青葉

彼女は所謂ESP能力者でな。未来透視の能力を持っている

葉群紫月

はあ?

 ESP。つまりはエスパーのことだが、このご時世には眉唾な代物だ。どんなマジックにもタネと仕掛けはあるし、テレビによく出ている霊能者なんていうのは言ってみれば客寄せパンダの一種に過ぎない。

 しかし、もっと信じられないのは青葉の神経だ。彼女はいつも辛口で切り込む分だけ物の見方もシビアなので、普段はそういった超常現象の類をまるで意に介さない筈だ。

貴陽青葉

彼女は人を見た瞬間、頭の中に複数の絵柄が一瞬で浮かび上がるそうだ。それを何枚かの紙に書いて重ね合わせると一つの図形になって、その図形を改めて見ることで未来の予知を可能としている

 分かり易い例えがCGイラストの作成法だ。塗る部位ごとにレイヤーを作り、線画の上で重ね合わせて一枚の絵にしていくようなイメージで大体正解だろう。

葉群紫月

回りくどいな。ていうか、本当にそんなことがあんのかよ

貴陽青葉

私もかれこれ三回ぐらいは成功例を見ている。例えば、私のクラスにいる女王様ぶった傲慢な生徒が、ある日を境に学校からいきなり姿を消した。理由は担任の女教師との同性愛が周りに発覚したからで、水依はこの展開を噂が広まる一か月前から同じ方法で予知していた。他にも似たり寄ったりの結果が二回ぐらい出ている

葉群紫月

偶然じゃねーの? ていうか、もしかして青葉も占ってもらったの?

貴陽青葉

ああ。でも不思議なことに、私の未来だけは視えないらしい

葉群紫月

尚更怪しいな

井草水依

でけた

 気の抜けた宣言と共に作業を終え、水依は絵柄が書きこまれた四枚のトレーシングペーパーを重ね合わせ、天井の照明に照らしてしばらく静止する。どうやら、これが彼女なりの未来透視の姿勢らしい。
 やがて結果が出たようだ。水依が小さい声で呟く。

井草水依

……しゅう

葉群紫月

ん?

井草水依

イザキ……シュウト?

火野龍也

人の名前?

 龍也が軽く身を乗り出した。

火野龍也

ていうか、そんなんで本当に視えたんすか?

井草水依

私、嘘吐かない

 紙を下げ、水依がのほほんと言った。

井草水依

火野君も占ってみる?

火野龍也

マジっすか。やるやる。超やりてー

東雲あゆ

イザキ……イザキ

 あゆがぶつぶつと反芻し、やや渋い顔で言った。

東雲あゆ

そういえば、猪助さんにはそんな名前の一番弟子がいたっていう話をお祖父ちゃんから昔聞いたような気が……

葉群紫月

何だと?

 今度は紫月が身を乗り出した。

葉群紫月

何でそんな大事なことを黙ってた? 一番重要な手掛かりじゃんかよ

東雲あゆ

だって、その話を聞いたのって私がまだちっちゃい頃だったから記憶が曖昧なんだよぉ

 彼女の言葉が頼りないにせよ、あゆはたったいま、イザキシュウトという人物が実在すると証言した。加えて、問題の彼は立場がやたらはっきりしている。

 もはや疑う余地も無い。井草水依の力は本物だ。

葉群紫月

本当に未来予知っていうなら、もしかして俺達はこの先、そのイザキシュウトって奴に会える可能性があるってことだよな

貴陽青葉

それはそうなんだろうが……

 青葉が何故か訝しがる。

葉群紫月

どした?

貴陽青葉

私もその名前を聞いた覚えがある

葉群紫月

なぬ?

 これはこれでとても意外な発言だった。

貴陽青葉

はて……何処で聞いたのかな

葉群紫月

ともあれ、探すのは明日からだ

 唸る青葉を尻目に紫月は壁掛け時計で時刻を確認して、次に龍也の手元を見遣った。

 このハゲはいま届いたばかりのフライドポテトをフォークに刺し、口を開けて待ち構える水依に一個ずつ餌付けしていた。どうやら水依を気に入った様子である。

葉群紫月

火野君。予知の結果は?

火野龍也

俺、明日はあんたらの調査から外れた方がいいんだと

葉群紫月

何故?

火野龍也

即死するから、だそうです

 なるほど。よく考えれば明日はクリスマスイブだ。街中でリアルがお充実した方々――とりわけカップル達が色めき立つ様子を視界に収めてしまったら、たしかに紫月や龍也のような人種は嫉妬のキャンドルファイヤーに焼かれて即焼死するだろう。

 なら、明日は無理に引き立てまいよ。

葉群紫月

井草さん。せっかくだから俺のことも占ってもらっていいかな?

井草水依

無理

葉群紫月

へ?

井草水依

青葉と同じ。絵柄が視えない

葉群紫月

マジかよ

 紫月と青葉が同時に顔を見合わせていると、水依が突然立ち上がった。

井草水依

ドリンク取ってくる

葉群紫月

お……おう

貴陽青葉

いってら

 二人は何とも言えない気分のまま、水依の背中をぼんやり見送った。

『通りすがりの探偵』編/#1木枯らしの子 その四

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