第5話 来たる曇天呼ぶは誰
第5話 来たる曇天呼ぶは誰
やっぱこうさ、安定感が違うよねー。
いつもの複装支援銃火器(マルチーズ)ちゃんは
子供たちも職員も退避済みのロースクールで、マチルダは楽しそうにトリガーを引く。
支給品のパラライザーガンは背中のホルスターに納めたまま、この日はまだ一度たりとも触れてはいない。
まったくだ、最初からこうしておきゃいいんだよ。
誰が得するってんだ、アーデルども捕まえて
――『焼夷弾に切り替え(シエ カリダ=ブレト)』
――『切り替え成功(スチェス)』。
ココア・ショートヘアの手の中で、複装支援銃火器(マルチーズ)と呼ばれた大ぶりな自動小銃が、カシャンと小さく機構音を鳴らす。
スクール庭園の噴水から侵入した、定形を為さない細胞粘菌タイプのアーデルを、可燃性薬剤をまき散らす焼夷弾が隅から焼いていく。
「マルチーズ」の愛称はマチルダが勝手につけて、部隊の間に広まったものだ。
音声認識による弾倉の切り替え。
通常のフルメタルジャケット弾やソフトポイントなどの通常口径のものはもちろん、散弾からフランジブル弾など形状の異なる弾薬までを選択、戦局に応じて使い分けることが可能な、複合兵装銃器だ。
市街地での対中型、対小型アーデル戦を主とするルクス機動歩兵部隊にとって、この銃器はスタンダードな携行火器であったが、彼女らが手に取るのは実に一か月ぶりのことだった。
ミスティにより没収されたはずのそれは、パオの機転であやうく処分の憂き目を逃れていたのだ。
またココちゃんてば、すぐ頭に血が上るんだから。
最低でもミモル型一匹捕獲、ノルマなんだからね?
それだけ献上して差し上げれば、お局ミスティさまもご満足でしょ
それはわかったけど......メルお前、本部との通信チャンネル入れたまんまじゃないだろうな
え、あっ、やばっ!
市民救助を優先し、やむなくアーデル捕獲を断念。現地緊急対応にてこれを処理。
出撃するたびにミスティに送る、ピクシーのそんな白々しい報告メールに、メルもココアも素知らぬ顔だ。
今日この時も、昼下がりのロースクールを襲ったのは十数体のミモル型、二体のモル型、および約5メルテ四方の規模を持つ細胞粘菌タイプ、ネブァ型。
普段の編成であれば、二足歩行のミモル型のほとんどをマーメイとクララが引き受け、他のメンバーが銃火器で異なる型のアーデルに立ち向かう。
前衛二人を欠きその定石が使えない今、非殺傷武器でアーデルを捕える余裕などあるはずもないのが事実だった。
頼れる火器を久しぶりに手にした安心感に油断したのか、ルクスの戦士たちの口数は普段より少し多めだ。
おい、メル、後ろっ!
インカムを操作していたメルの背後に、口を開けて校舎の上から飛び掛かったモル型アーデルは、
えっ、なに、きゃあっ!
肉のつぶれる重い音とともに、不自然なベクトルで真横に吹き飛んだ。
代わりにメルの前に立っているのは、拳を前に突き出した姿勢の、彼女らフェーレスの倍ほども大きいパワードスーツ。
分厚い鉄の胸板と、ずんぐりと太く逞しい腕と拳。
そしてフェーレスを模して造られた、頭部を飾る一対の三角耳。
CATの搭乗兵器、局地戦用可変戦闘ロボット“コマンドギア”が、襲い掛かったアーデルを横から殴り飛ばしたのだ。
メル、おしゃべりが過ぎます。
まだ敵は多い、掃討ペースを上げましょう
搭乗するパイロットから届いたのは、理知的で静かな声での注意の言葉。
ミア・バンビーノの駆る“メテオーア”は、量産型をベースに各部の装甲板を増強し、小~中型アーデルとの格闘戦、および大型アーデルに対する砲撃を主な運用目的とする、ヘビータイプのコマンドギアだ。
は、はいな。
助かったよぉ、ミア~
ま、あたしらのコマンドギアが必要な相手なら、そりゃ捕獲も諦めるしかないってもんよね
踵のローラーで滑るように旋回しながら、倒れ込んだアーデルにフルメタルジャケット弾の追撃を浴びせるのは、ジェシカ・バンビーノの駆るベーシックタイプのコマンドギア、“コメート”。
量産型の基礎設計を引き継ぎながらも大幅な小型化と軽量化を実現し、各部の可動範囲を広げることで機動性を獲得した、メテオーアより一世代新しいライトタイプのコマンドギアだ。
旧型と共通規格である三角耳は、機体の小型化に伴ってより大きく目立っている。
内部に乗り込んで操縦するメテオーアと異なり、操縦インターフェイスは機体内部ではなく頭部に露出しているため、頭上に直接またがって操縦する。
はいはい! こいつでフィナーレっ!
ショルダーラッチの対アーデル用ライフルが、左右交互に赤い火を吹く。
三点バースト二回ワンセットで放つ弾丸が、モル型アーデルの白い肉に次々と穴を穿つ。
やがてそれが動かぬ肉塊へと変わったころ、ジェシカが指をぱちんと鳴らす。
コメートはマニキュアのようなグロスレッドの格闘戦用クローアームで、天と地をぴっと指差し、お得意の決めポーズを取る。
クローの塗装も、ジェシカ本人が「こっちのほうがおしゃれね!」と勝手に施したものだ。
二卵性双生児のバンビーノ姉妹が駆る、ローラー駆動形態に変形可能な二機のコマンドギア。
それぞれを軸に二つの編隊を組み、ルクスベースを中心としてバーシム市街地東西パトロールを行う。
そして、アーデルの出現した場所に急行してこれを退ける。
これが、ルクスと呼ばれるCAT西ボリア支部の戦士たちの日常的な任務だった。
かつて超巨大アーデルがまき散らした毒の体液は、西ボリアの土地の大半を穢し、都市のほとんどをフェーレスたちの住めぬ廃墟へと変えた。
内陸の地にわずかに残されたフェーレスの市民たちは、汚染のないこのバーシム市街地に寄りそうように集まり、こうして世界連合とCATの庇護を受けながら、細々と暮らしているのみであった。
バイタルセンサー、ショートレンジで確認。確かにフェーレス以外の反応、ありません
メテオーアのセンサーで油断なく索敵を続けていたミアが、ようやく納得できたように仲間たちにそう知らせる。
アーデルの死骸が垂らす紫色の体液が染みて、庭の赤土が奇妙な色合いに汚れていく。
マチルダ、メル、ココア、ジェシカ、ミア。
主力メンバーを欠いているとはいえ、五人各々が存分に得意を活かすことができた戦闘は、久しぶりに大きな被害も追撃戦もなく、終幕の気配を漂わせていた。
了解(フェッチェ)~!
とりあえず今日はみんな合流も早かったしー、この数にしちゃ楽勝なのかなー
まだ少し撃ち足りなそうにあたりを見回すマチルダの耳に、
ロングレンジ範囲内に反応、二つ出現。
これは......反応強度大、クラブ型です!
ミアの張り上げた声が届くまでは。
......マジで?
メルは思わず目を丸くして、誰にともなくそう漏らす。
アーデル・クラブ=ズール、通称クラブ型。
現時点で最も危険視されているそのアーデルは、モル型アーデルやコマンドギアをはるかに上回る、数十メルテ規模の巨躯を持つことも珍しくない。
そんなの、どこから!
おそらく、デナ旧河川の地中です。
先日モル型が空けたトンネルは工事班がふさいだはずですが、もしかしたら、地中のそこを頼りに
マチルダ、聞こえますか、私です
機動歩兵部隊の面々の動揺を、基地から届いた通信がぴたりと止めた。
昨日出立したパオに代わり管制塔に残っている、ピクシーの声だ。
こちらマチルダ。
リーダー、どうぞ
出現はこちらでも確認しています。
各員、継続戦闘は可能ですか
マチルダはメルとココアに、そしてミアはジェシカとペリスコープ越しに目配せしあい、自分と互いの状況を素早く確かめる。負傷者はいない。
弾薬もまだ十分にあり、コマンドギア二機のコンディションも良好だ。
いけます
マチルダはきっぱりと言い切る。
再び臨戦態勢を整える五人へ、ピクシーは改めて指示を出す。
わかりました。
機動歩兵部隊は総員、出現ポイントに急行。
戦闘を継続。
追加の弾薬はキャリアーで届けさせ――
その必要はありません
だが、通信に強く割り込んだその声が、ピクシーの指示を一言のもとに棄却した。
声の主が誰であるか、現場の五人はみな、十分に理解していた。
ミスティ副隊長......どちらから
管制塔のピクシーからマイクを奪ったのではなく、違う回線から声を差し込んできたようだ。
雑音の具合や声の反響のわずかな差から、マチルダはそれを感じ取った。
だがミスティは応えず、
クラブ型への対応には別動隊が向かいます。
あなた方はそこで待機。
使っている銃火器を、もう一度まとめておいて下さい
はあ? ふざけんな!
誰が......
条件反射的に声を荒らげたココアの腕を、
ココちゃん、危ない!
メルがぐいと引っ張り寄せた。
直後、空から吹き付けた突風が彼女たちを襲った。
うわっ!
こ、これは、ロボニャー......?
大気を割いて現れ、地を揺るがせてロースクールの庭に立ったのは、コマンドギアよりもさらに大きな二機の鉄の巨人たちだった。
やはり頭部に備わっているのは一対の三角形の耳。
十四式多目的戦闘システム、有人戦闘機ロボニャー。クラブ型をはじめとする巨大アーデルに抗するべく造られた、十数メルテ規模の二足歩行戦闘ロボだ。
全身を覆うくすんだ滅紫(めっし)色の追加装甲が、ルクス所属の兵器でないことを主張する。迷彩色一辺倒の量産型と異なり、各所にも不必要に目立つ赤銅色の装飾が施されている。
そして二機とも両手に握っているのは、三つ又の黒い音叉のような、ルクスの誰も見たことのない兵器。
各部位のセンサーがゆらゆらと放つ赤い光と、排熱口から吹き出す熱い風が、地上にいるマチルダたちの髪を強く煽り立てる。
ちょ、ちょっと。
なんでこんなところによそのロボニャーが......!
コクピットから見上げるジェシカの声が、マチルダたちや基地のピクシーの耳に届く。
着地姿勢からゆっくりと身を起こしたロボニャー二機が、足元にいるジェシカのコマンドギアを確かに見下ろすと――。
ジェ、ジェシカ! 離れて!
え、っ?
手にした黒い音叉を、無造作に振るったのだ。
きゃああっ!
重い衝撃に耐えきれず、あえなく弾き飛ばされるコマンドギア。
まるで投げ捨てられたぬいぐるみのように、アーデルの血に汚れた庭に落ちて仰向けに倒れる。
て、てめえっ!
なんだってんだ、味方じゃないのか!
理解不能の行動に、ココアが髪と毛耳を逆立てて叫ぶ。
ルクスの誰もがそうしたかった。
アーデルと戦うための兵器であるロボニャーが、何故コマンドギアに攻撃を。
お願い致します、カラカルさま
突然の仕打ちを意にも介さぬように、ミスティは聞きなれぬ名を通信に乗せる。
ただひとり、
カラカル?
まさか......
ピクシーだけが、その名と素性を知っていた。
リーダー、知ってるんですか!
何者なんですか、こいつら
それを聞き逃さなかったマチルダは、再びホバリングを始めた滅紫色のロボニャー二機から離れながら、轟音に負けぬよう声を強く張ってピクシーに問う。
かすかに、だが確かに大地が揺れている。
出現したクラブ型アーデルも、こちらへ歩みを進めているのだ。
世界連合直属鎮圧部隊、ムルムル
届いているであろう映像と照らし合わせるように、ピクシーはその名を低くつぶやいた。
アーデルだけではなく、想定し得る連合の敵すべてを鎮圧すべく作られた、最高戦力部隊です
連合の......敵?
見上げるルクスの戦士たちをあざ笑うように、暗雲を背にしたロボニャーのセンサーアイが、赤く、昏く、揺らめいた。