駿河音耶

お前、さっきからずっとそれな

 運転席の音耶は助手席で操作し続けている恵司にそう零した。言われて恵司は携帯を仕舞い、目を抑える。

駿河恵司

っあー! やっぱ酔うわそれに目痛い

駿河音耶

馬鹿だろお前……何やってんだよ

駿河恵司

謝罪メール送ってるのと、ちょこっとみせりちゃんへの対応

駿河音耶

ああ、姉さんにか……

駿河恵司

そ。母さんにも父さんにも直接迷惑かけたって言えたけど、姉さんは帰って来れないだろ? アメリカだし今

駿河音耶

成程、長文が求められるわけだ……

駿河恵司

そうそう。あの人忙しいのにな。いつ読むんだか分かんないが送らなきゃ怖いじゃん

 そんな話をしているうち、黄色いテープですっかり彩られてしまった学校の校門へと辿り着く。近隣で殺人事件があった後だからだろうか、パトカーの数は本来動員されるそれより多い気がして音耶は首を傾げた。

駿河音耶

最初から殺人事件として捜査されているのか?

駿河恵司

単純に、そもそも殺人事件で動員されていた何人かもこっちに来ただけだろ。埴谷みたいにな

 首をこきりと鳴らした恵司は窓の外を眺め、目線を校門の内側へとやった。音耶は一人車を降りると、警備をしていた警察官に埴谷に取り次ぐよう指示をした。敬礼した警察官が中に通すようなそぶりを見せたので、音耶は車の中の恵司を手招きする。

駿河恵司

俺も入っていいんだ?

駿河音耶

拒んだ方が怖いからな

駿河恵司

わかってんじゃん、さっすが音耶

 すっかり日が落ち、暗くなった体育倉庫には独特の埃臭さがした。既に都村実里の遺体はそこにはなかったが、現場の物々しさがここで異常事態が起こったことを示唆している。

埴谷義己

駿河!? お前、大丈夫なのか?

駿河恵司

見ての通りな。それより何もしないで寝てる方が苦痛だよ

埴谷義己

駿河……

駿河音耶

制止しきれませんでした。私が責任を持って病院に送り返しますので

 頭を下げる音耶に構わず、恵司はいつの間にか白い手袋を嵌め、中の物を観察し始めている。

駿河恵司

うっわ懐かしーなー。見ろよ音耶ー、このバーとか高跳びのあれだよな? 俺結構出来たんだよあれー

駿河音耶

遊ぶな恵司。そんな目的で来たんじゃ――

駿河恵司

なぁ埴谷、現場って片付けたか?

 音耶の言葉を無視して続けられた言葉が自分に向けられたものだと気付いた埴谷は、少し答えにくそうに「お前が見ていたバーは片付けられたものだ」と言った。満足そうに笑った恵司は埴谷の指したバーのうちの一本を持ち上げると、コンコンと叩いたり、軽く引っ張ってみたり強度を確かめるかのような動作を取る。そして、何本かを束ねて部屋の隅に目をやり、もう一度埴谷に声を掛けた。

駿河恵司

都村実里が吊られてたロープを掛かってたのって、このバーっしょ

埴谷義己

……ああ、そうだ

 ひゅうと口笛を鳴らした恵司は埴谷に現場写真をせがむ。そして、埴谷が出した写真を見た恵司は満足そうに口元を緩めた。

駿河恵司

思った通りだ。埴谷、現場から無くなったものがあるだろ?

埴谷義己

……マットレスが一枚、無くなっている。現場から無くなったものがあることと遺体の不自然さから自殺ではなく殺人事件だと断定された

駿河音耶

不自然? 何があったんです

駿河恵司

遺体に大きな傷があったとかそんなんだろ。多分腹、もしかしたら縫われてるかもな。制服は外から見る分にはあんまり汚れてなかったようだし

 音耶が目線を向けると、埴谷は黙って頷いた。恵司の言葉で間違いないらしい。

埴谷義己

恐らく、マットレスには被害者の血痕が残ったんだろう。だから処分したんじゃ――

駿河恵司

ま、それもあるだろうけどな。だけど、そのまま一人で運ぶのは大変じゃねぇの? 体育の準備するとき、小さい奴でもこういうの一人で運べないべ

駿河音耶

じゃあ、犯人は複数いたって事か?

駿河恵司

そうじゃねぇよ。……ま、すぐ解るさ。遺体運んだ奴に聞いてみ、「女の子とはいえ、異様に軽かったんじゃないか」ってさ

埴谷義己

……どういう意味だ?

 不思議そうな顔をする埴谷の横で、納得したようにため息を吐き、倉庫の床をそっと指でさらった音耶。恵司は楽しそうに目を細め、積まれたマットレスに腰かけた。

駿河恵司

久々に本物らしい本物って訳だ。……俺も気を付けないとな

 恵司はぽつりと呟くと、自分の胸の辺り――包帯のある場所をそっと撫でると、犯人がどう犯行に及んだのか、そして万一次に犯行を起こすとすればどうなるのかを想像する。そしてその対象は、恵司自身だ。

駿河恵司

マゾヒストって訳じゃねぇが、ゾクゾクはするもんだな

 彼も単なる被害妄想でそんなことを考えているわけではない。だからこそ、むしろ彼にとって現実味を帯びない事件はゲームのようで、恵司の心を楽しませてくれていた。

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