遺体を運んだという警部補に話を聞きに行った埴谷を待ちながら、体育倉庫の中を眺めている恵司に音耶は恐る恐る話しかけた。
遺体を運んだという警部補に話を聞きに行った埴谷を待ちながら、体育倉庫の中を眺めている恵司に音耶は恐る恐る話しかけた。
……恵司、どうかしたのか? 普段と違う気がするが
そうか? いつも通りだぞ
何というか……いや、何でもない
首を振って話を切り上げた音耶に、恵司は「変な奴」と笑ったものの、心の中では悟られたのかとため息を吐いた。
音耶が自分の事となると我を忘れる傾向にあることは恵司もよく知っていた。だからこそ、出来る限りは彼に心配を掛けぬように動く必要があるのだが、今回ばかりはもうそれも無茶であることははっきりしている。音耶がそこまで気付いているかどうかは分からないものの、彼から言われない限り恵司は事件の次のターゲットに自分が上がっている可能性を話す気はなかった。
音耶が恵司に少し訝しげな目線を送っている時、一旦外に出ていた埴谷が戻ってきた。双子が同時に埴谷を見ると、彼は溜息と共に話し出す。
都村実里を運んだ警部補から話を聞いた。……駿河の言うとおり、彼女の身体は異常と言えるほどに軽かったそうだ
軽い? 元々彼女の体重が軽かったとかではなく?
音耶の言葉に、恵司はやれやれと首を振る。座っていたマットレスから降り、バーを一本手に取る。それを軽く振り回して音耶に向けると、楽しそうににっこり笑った。
危ねぇな……どうした
これ、俺が降り回せるくらい軽いんだよ
そんなことは知ってる。見りゃわかるさ
……まだ気付かないのか?
――まさか
三本の矢、とはいえ、流石に人間の体を支えるのにゃ無理があると思うんだよな。それなのに、都村実里はこのバーによって体を支えられていた。高校生の女の子が、だ
恵司は側にあった恐らくは体育祭の時にでも使われたものの余りであろう鉢巻を二本手に取ると、素早くバーを三本あべこべに纏め上げる。長さが調節されたそれは丁度倉庫の両端の棚に掛けられるほどで、それを上手く引っかけるとバーをコンコンと叩きながら笑った。
どうやったら、この程度の物体で高校生の女の子が吊れるんだ?
だが、実際釣られていたんだろう? もっと多くのバーを使ったとか
無いな。薄っすら埃を帯びたのとそうでないのが混じってるが、今使ったのが埃を帯びていないもの全てだ。残りは使わないでそのまま置いてあったんだろう、だから埃を被ったままなんだ
流石に恵司の意図するものを汲み取った音耶だが、それはあまりにも酷い回答を求めるもので、一瞬だけ躊躇いを見せる。しかし、それを口にしなければ終わらないと分かっているので、ゆっくりと答えを口にした。
……じゃあつまり、バーを都村実里の体重に耐えきれるようにセットしたのではなく、都村実里の方をバーが耐えられる重さにしたって事か?
そういうこと。これで、マットレスが一枚消えた意味も分かっただろ
それは、血痕があったから……じゃないのか?
それもあるだろうけどさ。犯人はマットレスをまな板代わりにして、且つもう一個の使い方をしたんだ。……傍目から見て、都村実里は軽そうに見えたか? どっか体の一部が消えてたか?
いや、それは……
マットレスの中身を、詰め替えたんだな、都村実里に
音耶の言葉を待っていたとばかりに拍手した恵司は、ポケットから小さなマスコットを取り出すと、すっとお腹の辺りを指でなぞった。
犯人はこうやって腹を裂いて、中から腸を取り出す。そんで代わりに綿を入れたわけだ。ワタだけにな
面白くないし、自重しろ
いいじゃん別に。……そんで、軽くなった都村実里はバーでも耐えきれる程度の重さになり、吊るされた。その時代わりの綿兼まな板になったのがマットレスだった、ってだけの話だよ
至極楽しそうに話し終えた恵司は、再びマットレスに腰かける。そのマットレスがあった位置が恐らく犯人のまな板――即ち犯行が行われたその場所だと推測されるのに、恵司は全く気にも留めていないのか楽しそうに足まで振っている。
そこまで聞かされて気分の悪くなった埴谷は若干顔色を青くさせながら体育倉庫を見渡した。そして、ふと首を傾げる。
……犯人は、どうしてこんな手の込んだことを? 殺して吊るすことに意味はあったのか?
埴谷の呟きを零すことなく拾った恵司は、にんまりと笑い、「吊し上げだよ」と答える。
自分を裏切った、裏切者への天罰だ。見せしめ、とでも言おうか。都村実里が吊るされたのは、犯人の純粋な被害意識だ。『よくも私を裏切ったな』っていう、な
…………
芹沢みせりは一人、部屋でぬいぐるみを縫っていた。可愛らしいうさぎのぬいぐるみである。手作りの制服を着させたうさぎは、可愛らしくみせりに向かってほほ笑んでいた。
よしっ、出来た!
完成したばかりのぬいぐるみの頭を撫で、そっと机に座らせる。みせりはそれを満足げに眺めると、汚れてしまっていた机を軽く拭いた。
…………実里ちゃん
寂しそうに呟いたみせりは、そのまま机に突っ伏すとゆっくりと瞼を閉じた。