聡子が泣き止むまで付き合ってから彼女を家に送った音耶はどうするべきかと車の中で一人悩んでいた。
 必要なのは、聡子が見たという“彼”の詳細である。捜査資料として最初から持っていたハロルドの生徒達の名簿を見れば、性別が男であるのは10人ほど。そのうち二人は山崎と中島だが、万一ということもあるので外すに外せない。

駿河音耶

こうなったら全員から話を聞いてみるか……?

 いや、流石にそれは避けたい。せめて目星は付けるべきだろう。と、音耶が考え始めようとした最中、携帯電話が震える。思考を中断されたことに舌打ちしつつ、画面に表示された名前が埴谷であったことに慌てて電話を取った。

駿河か? 困ったことになった

駿河音耶

困ったこと? いったい何があったんです

都村実里が死んだ

駿河音耶

えっ……?

まだ捜査中で、自殺か他殺かもはっきりせん。分かるのは、彼女らが通う学校の体育倉庫で首を吊っていたという事か

駿河音耶

体育倉庫? 都村実里が行きそうには思えないし、その上この時間ならまだ学校に人がいるはずでしょう。教師や部活中の学生が止めることは出来なかったんですか!?

残念ながら、今はテスト前で部活動は停止しているらしい。体育倉庫の位置取り的にも、部活が無ければ人気は無いらしいからな。鍵はあるにはあるが、ナンバー式で在校生なら知っている者も多いらしい

駿河音耶

つまり、入ろうと思えば都村実里も誰にも気付かれずに入れたと……

花野利里殺人事件と何らかの関係性があるだろう。担当刑事には情報を共有させてもらえるよう確認を取っておく

駿河音耶

ありがとうございます。それでは、そちらはお任せしますね

ああ。後で合流して情報を纏めよう

 電話を切り、大きく背もたれに寄りかかって宙を見る。捜査中にその事件に関係した人物が死ぬなどあってはいけない。
 都村実里とは直接会っていないが、確か捜査初日に恵司が会いに行った女子高生の一人だ。ふと思い立った音耶は、携帯電話を返すついでに恵司の入院する病院へと車を走らせることにした。意識は取り戻したと聞いたが、面会まではどうなのだろう。そんなことを考えながらも、引き返させることはしなかった。

駿河麻衣

あ! ちっちゃい兄者なのじゃ!

 彼が思っていたよりも随分とすんなり通され、病室に着いた音耶を迎えたのは麻衣だった。その隣にはベッドに横になったままではあるものの元気そうに手を振っている恵司も居た。

駿河恵司

いやー、悪い悪い。まさか俺もやられるとは思ってなかったよね

 へらへらとしているものの、ついさっきまで死の淵を彷徨っていた人間と思うといつものように軽口で返すことも出来ない。音耶が黙り込んでいると、彼が考えていることを察したのか、恵司は体をゆっくり起こし、ベッドの上で胡坐をかくと、手を差し出した。

駿河恵司

携帯。持ってきてくれたんだろ?

駿河音耶

あ、ああ……っていうか、使って平気なのか?

駿河恵司

今の今までタブレット弄ってたっつーの。問題ないさ、確認済みだ 

 そう言って受け取った携帯を操作すると、彼が出したのは芹沢みせりのSNSアカウント。彼女からのメッセージが未読のまま溜まっていることに気付いた恵司は適当にメッセージを返す。

駿河恵司

お前、女の子からのメッセージは返せよ

駿河音耶

こっちは仕事中だっつの。それに、俺はお前みたいに器用に返事出来ないわ

駿河恵司

女の子好感度高い音耶君なら簡単かなと思ったけど? ま、お前は高校の頃からクールキャラで売ってたもんな

駿河音耶

売ってた記憶は無い

駿河恵司

周りの評判は少なくともそうだったの。――っと、返信早いな

音耶が恵司の携帯電話を覗き込もうとすると、気付いた恵司は画面を見やすいように傾けてやる。そこに表示されているのはいかにもテンションの高い女子高生といったような文面だった。

『やっと返事してくれたー(´;ω;`) やっぱり刑事さん忙しいのカナ?? それだったらしつこかったかも>< ゴメンナサイ……m(_)m』

駿河恵司

お前ずっとみせりちゃんの事ほっとくとか酷いぞー?

駿河音耶

頻繁にやり取りする方がおかしいだろう

駿河恵司

そりゃそうだけどさ……

 そう言いつつ、また適当に返事を書き込む恵司に、音耶はやれやれとため息を吐いた。

駿河音耶

反応する必要あるのか? そんなに

駿河恵司

俺だって無意味にやってるわけじゃないさ。こういうのは意外なところから証拠が出てくるもんよ

 そう言って、一旦携帯を閉じた恵司はふうと息を付き、音耶に向き直る。何事かと小さく目を見開いた音耶に、恵司は真面目な口調で言った。

駿河恵司

音耶、情報を共有させてくれ。俺が倒れてる間に何があった

 察した麻衣が病室を出ていくと同時に、音耶は口を開く。不良の二人組が利里と険悪な仲だったこと、恵司を刺した山村という少女が重要な証言をしていること、恵司が話を聞いていた都村実里という少女が死んだこと。それら全てを黙って聞いていた恵司は小さく頷くと、何を思ったかベッドから降りて立ち上がった。

駿河恵司

行くぞ音耶、このままじゃ次の被害者が出かねない

駿河音耶

何だよそれ……。それじゃあ都村実里は殺されたって言うのか?

駿河恵司

確実にそうだろうな。もし犯人がもう名前の出てる誰かだとすれば二択まで絞れたが、会ってない以上断定が出来ん。証拠も必要だ

駿河音耶

……ちょっと待て、もう分かったって言うのか?

駿河恵司

まぁな。どちらにせよ、その“彼”って奴がキーパーソンだ。埴谷に会いに行こう、何か掴めるはずだ

駿河音耶

……お前はまだ本調子じゃないし、術後すぐだろう

駿河恵司

ちょっと散歩するだけだからだーいじょうぶだって。バイクはちょっと怖いから、乗せてってくれよ。こっそり出てきゃ平気だろ

駿河音耶

本当なら縛ってでも寝かせたいんだが……

 次の犠牲者という言葉が引っかかる音耶はしぶしぶ恵司を連れ出すことにした。埴谷に会ったら何と言われるだろうと考えながら、彼はポケットに入れた車のキーを握り締めた。

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