8月15日の太陽が、しずかに東の山脈から顔を出した。

 天窓から差しこんだその光を、女監察官は永遠に忘れることはできないであろう。

朝ですね

免疫は、なかなか難しいですね

 研究員は女監察官に会釈をすると、牢を見ながらそう言った。

 牢には、たくさんの痴女がいる。

 みな、もとは囚人だった者である。

今あるマルタ(被験者)は、すべて試しました。それでも駄目でした。みんな痴女になってしまった

ええ

おかげで大量の体液は採取できましたがね。しかし、免疫をどうにかしなければ使えません

期待してます

 女監察官は、はげますようにそう言った。

 と、そこに施設責任者のイシイが息をきらせてやってきた。

大変だ! 大変だぞ!!

どうしたんですか?

今日の正午、教皇陛下の御放送がある! ラジオで言っていた

えぇ!?

教皇陛下の!?

きっと激励がある。ヒノモトの国民として死力を尽くせ、最後の一兵まで戦え——と、おっしゃる御命令にきまってる

 イシイは瞳を輝かせてそう言った。

 研究員は夢見るような顔をした。


 が。

 女監察官は複雑な笑みをした。

 敵国に潜入していたため、ふたりよりも戦況をよく理解していたからである。

さあ、お昼までもうひと頑張りだ!

はいっ!

おい、キミ。免疫も大切だが、ここは気分転換にひとつ、痴女の頑丈さをテストしてはどうかね?

はっ!

ヤマイダレくんにも協力してもらいなさい。彼女は、ああ見えて特殊訓練をうけている。我々よりも、よっぽど武技格闘術に優れている

よろしくお願いしますっ!

いえっ、まあ、はい。……分かりました

 女監察官は、あいまいな笑みをした。

 イシイは、父性に満ちたため息をつくと、研究室に戻った。

 その去り際に、イシイはこう言った。

正午に食堂に集まろう

 研究員は、みな、12時までの時間をそわそわしながら過ごした。

※

 8月15日12時。

 食堂に集まった面々は、ラジオの前で、ぼう然として立ちつくした。

 ラジオから発せられた声は、高貴と美しさにふるえて、悲壮なものであった。

 教皇陛下は、ヒノモト国の降伏を国民に伝えた。

負けた、ついに負けた

 研究員は笑った。

 それは生まれてからの二十数年かのあいだに築かれた、あらゆる希望、信念、道徳、歴史観を根こそぎに打ち崩されて、あとには何もとどめない、真空な若者の笑いであった。

もう、堪え難きを堪える必要もない

 イシイは微笑した。

 が、言葉とは反対に、その微笑には恐ろしい苦痛が満ちていた。


 みな、天井を凝視したまま、微動だにしなかった。
 涙がほほを伝っていた。——

 その夜。

 痴女の牢で、異様な声がした。

 吐息ともあえぎともつかない、しかし明らかに女の声であった。

………………

 女監察官は、様子を見に行った。


 すると、ひとつの牢にふたりの痴女が入っていた。

 ひとりが、もうひとりの痴女にのしかかっていた。

 そして、その痴女が声を発していた。

ああっ、もっと、もっと、ぉぉおおお

 息絶え絶えに口走っているのは、女監察官が他の痴女からも聞いたことのないほどの露骨で淫猥(いんわい)な言葉であった。

ぉぉおおお

 痴女が、もうひとりの痴女の乱れる黒髪をひっつかむ。

 あえぐ唇に吸いついている。

 そのはちきれるような乳房をもみねじっている。

 肩が脱臼しているようにも見えるが、しかし、それを気にする風もなく、一心に真っ白な腹をなでまわしている。

 痴女が、痴女を犯している。

 おもてを背けずにはいられない凄惨淫虐の光景だ。

こらっ

 女監察官が前に出た。

 そのとき、月明かりが天窓から差しこんだ。

 痴女の顔を照らした。

……イシイさん?

 痴女は、研究施設の責任者イシイだった。

 イシイは終戦のショックで精神が崩壊し、自らの肉体に痴女ウィルスを注射した。


 彼がもっともショックを受けたのは、教皇陛下が『お召し寝台』に頼ることなく終戦詔書を発布したという、その事実であった。——

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