女監察官は、老人とともにエレベーターで深く深く地の底へと降りていった。
最下層に着くと、そこは鉄の壁で囲まれていた。
船の操舵室のように、いくつも計器が並んでいた。
もちろん窓などない。
女監察官は、ひどく窮屈に感じた。
老人は、それを敏感に察してこう言った。
女監察官は、老人とともにエレベーターで深く深く地の底へと降りていった。
最下層に着くと、そこは鉄の壁で囲まれていた。
船の操舵室のように、いくつも計器が並んでいた。
もちろん窓などない。
女監察官は、ひどく窮屈に感じた。
老人は、それを敏感に察してこう言った。
違う違う。教皇陛下は、あちら。御寝台があるのは、あの鉄の扉の向こう
はあ
女監察官は、老人が指さしたものが壁ではなく、巨大な扉だということに気がついた。
思わず息をのみこんだ。
あまりにも重厚で圧迫感のある扉だった。
まるで巨大な金庫室のようだな——と、思った。
この扉は、『原子爆弾』でも破壊できますまい。ちなみに、この上には何メートルものコンクリートの層があるしね
そこまで厳重に……
さらにある。『お召し寝台』に入った陛下は、冷凍睡眠によって完全に凍りつかれる。ヒノモト国がいよいよとなったときは、そうやって御命を後世にお託しになられる。神の子孫を絶やさぬためにな
ここに御一族で入られるのですか?
お召し寝台で冷凍睡眠できるのは、おひとりだよ
………………
女監察官は、どのような顔をしてよいのか分からなくなった。
話題を変えようとあたりを見まわした。
計器を見ながら、女監察官は訊ねた。
あれは何ですか?
地上をモニタする装置だがの、実際には役に立たん。ただの気休めだよ
はあ
ただし、あのボタンだけは本物じゃ
あの、厳重に保護された、赤くて大きなボタンですか?
女監察官は、軽い気持ちで訊ねた。
すると老人は、重々しくうなずいた。
あれは、当施設の自爆ボタン。この層より上を爆破し、すべての研究成果を吹き飛ばす
まさかっ
当施設で研究しているのは、どれも敵の手に渡ってはならぬものばかり。いよいよとなったとき、ワシは陛下が『お召し寝台』に入ったのを見届け、このボタンを押す。そういう手はずになっておる
でもそれじゃあ、イシイさんは……
頭上は、ふさがれる。『お召し寝台』は、ひとり分。やることはひとつだけじゃな
老人はそう言って、ニカッと笑った。
それから指先で、自身の腹に、すうっと線を引いた。——
※
それからの数日間。
『痴女』の研究は、急ピッチで進められた。
施設の研究員は、不眠不休で勤しんだ。
女監察官も、根気よくそれを見守った。
これはおそろしい兵器だ。いや、我が国のものとなったから、たのもしい兵器というべきか
研究員は感嘆の声をもらした。
女監察官が訊いた。
痴女の腕から、細菌兵器が作られるのですね?
その通り。このウィルスに感染すると、いわゆる『痴女』となる。が、ただの痴女じゃない。この痴女のおそろしいところは、人間離れした身体能力と、その感染力にある
身体能力というのは?
おそろしく頑丈なんだ。痛みなど感じないし、脳を破壊されない限り活動を続ける
まるで不死身の兵士ですね
それも手当たり次第に抱きつく女兵士だよ
あはは
で、その抱きつきが実はおそろしい。 『痴女』に肌を直接吸われると感染する。吸われた者も『痴女』になる。そうやってこの『痴女』はどんどん増えていく
肌を直接……ということは、服の上からなら大丈夫ですか?
舌が肌にふれなければ大丈夫。ただし、『痴女』の唾液や体液には気をつけることだ
はあ
たとえばの話だが——。『痴女』の体液が霧状になったものを、吸いこむ。すると肺から感染してしまう。水蒸気となって雲になり雨となっても危険だね。ただまあ、雨になるには、大量の『痴女』を燃やさなければならないが
ぞっとしないですね
おっと、これは失礼。ただ、兵器として使うなら、やはり空から散布するのが効果的だよ
雨のように降らすのですか?
敵国は、どこも土葬だからね
はい?
死体がこの痴女ウィルスを浴びるとどうなると思う?
……どうなるのですか?
生き返る。生き返って痴女になる
まさかっ
ちなみに男は女体化する。女体化してから痴女になる。それはまあ、ヤマイダレ監察官はすでに目撃していることとは思うのだけれども
ええ、ああ、まあ
女監察官は、ぎこちない笑みでうなずいた。
ところで、実戦投入は、いつくらいになりそうですか?
ウィルスの大量生産は、すぐにできる。ただし、懸念材料がある
それは?
ウィルスに免疫(めんえき)をもつ人間がいるはずだ。この免疫のしくみを解明しない限り、実戦投入は無理だよ
というのは?
免疫があれば感染しない。痴女にむしばまれることもない
敵国に『痴女』を飼いならされてしまう——おそれがある?
その通り。それで不死身の軍隊を組織されては、かなわない
ヲロシヤ皇帝率いる、邪悪な痴女軍団……
ぼそりと、女はそんなことをつぶやいた。