朝になった。

 なにやら正面の扉のほうが騒がしい。

 私はMI6のお姉さんと一緒に扉に向かった。


 いつきと小夜がいた。

 CIAのお姉さんもいた。

 そして、巨大なトラックがモール内に侵入していた。

 それをKGBのお姉さんが誘導していた。

ねえ、なにやってるの?

トラックをなかに入れてるの

うん、それは見れば分かるけど

ヤマイダレさんが運転しているんだよお

あっ、ほんとだ

 どうやらヤマイダレさんは、このトラックをゲットするために一度外に出たようだ。そして今、ちょうど帰ってきたところのようだった。

KGBの職員

自衛隊の73式大型トラックよ。野外入浴セット2型を牽引(けんいん)しているわ

 KGBのお姉さんが、痴女を撃ちながら言った。

野外入浴セット!?

昨日の夜、お風呂に入りたいよねって話になったの

それでヤマイダレさんが取りにいったんだよお

KGBの職員

彼女は、痴女に免疫があるからね

それにたぶん

 ノリノリだったんだと思う。

 だって、こんな早い時間にもう帰ってきてるのだから。

もう一台あるの

 ヤマイダレさんはそう言ってトラックから飛び降りた。

 胸を張って拳銃を構えて、正面扉から出ていった。

 近づく痴女は容赦なく撃った。

 で。

 しばらくするとトラックが入ってきた。

 そのトラックは、正面扉をふさぐように停車した。

 ヤマイダレさんが降車した。

浄水車両よ。これで大量の水が『ろ過』できる

それじゃあ?

毎日お風呂に入れるわっ

 ヤマイダレさんはそう言って、じわっとスケベな笑みをした。

やった!

 私たちが喜んでいると、KGBのお姉さんがやってきた。

KGBの職員

痴女はすべて排除したわ。あとは組み立てるだけよ

ありがとう。組立は私たちでやるわ。ねえ、あなたたち?

うん!

もちろん!

頑張ります!

KGBの職員

私も手伝うわ。ロシア式の入浴がしたいからね

ロシア式?

それを条件に手伝ってもらったの

 ヤマイダレさんは笑顔で言った。

 KGBのお姉さんは普段あまり見せない可愛らしい笑顔でうなずいた。

 その後、私たちは『野外入浴セット2型』を組み立てた。

 このトレーラーには、ボイラー、揚水ポンプ、そして発電機までが搭載されていた。

 さらには巨大な天幕までついている。

 私たちは、それをショッピングモールの1階、その真ん中の噴水近くに設置した。

 30人ぐらい入れそうな巨大なテントだった。

これが自衛隊の誇る野外入浴装備よ。戦地はもちろん被災地でも大活躍しているわ

こんなものがあったんですね

CIAの工作員

貯水タンクは10,000リットル。総出湯量は毎時5.4トン。湯沸時間45分。そして入浴可能人員は、1日におよそ1,200人。まさに日本の技術と心尽くしの結晶といった感じだけれど

MI6の諜報員

浴槽につかる文化のない我々からしてみれば、技術の無駄づかいともとれる

 と、CIAとMI6のお姉さんはやや呆れてそう言った。


 とはいえ、ふたりともお風呂に入る気満々だ。

 興味津々といった感じで組み立てを手伝っている。

入り口に停めた車両は、海水をろ過する装備よ。とはいえ、噴水の水や雨水だってろ過できると思うわよ

じゃあ水の心配はしなくてもいいんだ

 というか、今までまったくしていなかった。

救助がすぐに来れば問題ないんだけどね。でも、もし長期戦になったとしてもこれで大丈夫。地下の研究施設には地下水脈を利用した水道設備がある。最悪それを『ろ過』すれば

 と、ヤマイダレさんはここまで言って口をつぐんだ。

 みんな、長期戦になるとか考えたくないからだ。

まっ、まあ、今は組み立てに注力しましょう?

 ヤマイダレさんはそう言って、おどけて腰をくねらせた。

 それから、ひょいひょいとみんなの胸をさわってまわった。

 そして組立作業に集中した。

まったくもう

 私たちは、そんなヤマイダレさんの陽気さと気持ちの切り替えの早さに、母性に満ちたため息をつくのであった。——

 入浴セットが完成した。

 テントのなかはとんでもなく広かった。

 収容人数は30人だというけれど、それ以上に感じられた。

 たぶん浴槽の広さが30人分なのだと思う。

ちゃんと脱衣所まであるんですね

ほんとはシャワーもあるんだけどね、排水がめんどうだから設置しなかったわ

まあ、ジムにあるから

そう。ここは大浴槽を楽しむところよっ

 ヤマイダレさんは丸裸になってそう言った。

 それから、ものすごい勢いでタオルを巻いた。

 私たちが呆然と見ていると、ヤマイダレさんは、

だって恥ずかしいでしょう

 などと、しおらしく言った。

 恥じらいのなさそうな、あのヤマイダレさんがである。

えっ、あっ、はい

 私たちは懸命に笑いをこらえた。

 すると、ヤマイダレさんは可愛らしくほっぺたをふくらませた。

 そして大浴槽に飛び込んだ。

 今度は女児のような無邪気さだ。

 なんというかキャラの定まっていないヤマイダレさんなのだった。

意味わかんないよ

気持ちの切り替えが早いんだよお

ものすごく頭の回転が速いのかもね

まさかっ

 だとしたら、知能の無駄づかいである。

 エロいことばかり考えているのだから。

って、そこは一貫してるのかあ

 私は困り顔でそんなことをつぶやいた。

 服を脱ぎ、いつきと小夜と一緒に大浴槽に入った。

 しばらくするとお姉さんたちがやってきた。


 今、ヤマイダレさんとお姉さんたちの計4人、そして私たち女子中学生の3人は一緒に大浴槽に入っている。

あっ、スノコが敷いてある

この設備って、鉄パイプとブルーシートでできてて、なんだか味気ないでしょう? だから底に敷いちゃった

だいぶ変わりますね

ほんと快適だよお

でしょう?

 ヤマイダレさんはそう言うと、すいーっと奥に向かった。

 浴槽はとても広く、反対側まで行くのにすこし時間がかかった。

 反対側には、KGBのお姉さんがいた。

 気持ちよさそうな顔で浴槽につかり、ヤマイダレさんを迎えていた。

ほんと広いよね

全員が手足を伸ばしてもまだ余裕がある

んー気持ちいい

 いつきは思いっきり足をのばし、肩までつかってそう言った。

 小夜もぶくぶくと沈んだ。

 私もしっかり肩までつかった。

 湯船から顔だけ出した状態で、私はしばし弛緩した。

泳げそうだなあ

 私は、ぼんやりつぶやいた。

 泳ぎたいと思った。

 だけど、それはさすがにためらわれた。

 私には恥じらいがあり、また、みんなにもお行儀の良さがあった。


 泳いだら絶対笑われるに決まってる。

 もしかしたら軽蔑されるかもしれない。

だけどなあ

 私は懸命に泳ぎたい気持ちをおさえた。

 すると——。

すいぃ——

 ヤマイダレさんが目の前を通り過ぎた。

 伸び上がるようなフォーム、見事な泳ぎっぷり。

 女児のような笑みと女児そのものの奔放さであった。

MI6の諜報員

あはは

 それをお姉さんたちは、おだやかな笑みで見ていた。

 私はそれにはげまされた。

 勇気づけられた。


 やけになったと、言い換えるのもひとつだろう。

すいぃ——

 私は大浴槽の真ん中めがけて、ヘッドスライディングするように滑りこんだ。

 顔をあげてひとかき、ふたかき、大らかな平泳ぎをした。堪能した。

 それは、ひどく気持ちがよかった。

ぷはあっ

 さっぱりとした気分で顔をあげた。

 反対側に到達した。

 するとそこにはKGBのお姉さんがいた。

 まるでお母さんのような笑みで彼女はこう言った。

KGBの職員

気持ちいい?

えっ、はい。すみません

KGBの職員

ううん、もっと楽しんで。私も楽しんでるから

 お姉さんはそう言って、石けんを手に取った。

 湯船に浸かりながら、石けんで体を洗っていた。

KGBの職員

ごめんなさい。でも、これがロシア式のお風呂の入りかたなのよ

ロシアの入りかた?

KGBの職員

ロシア人は、バスタブのなかに石けんを入れて泡立てて体を洗うのよ。そして、出るときにはお湯を全部流すの

それじゃあ、次の人は?

KGBの職員

また次のお湯を張るのよ。 ロシアは水道代が基本料金しかかからないからね

贅沢だなあ

 と、思わずつぶやいてしまった。

 するとお姉さんは、

KGBの職員

日本ではなかなかできないわ

 と言った。

 気持ちよさそうに足を伸ばし、石けんで洗っている。

KGBの職員

やってみる?

えっ、うん

 ためしに私もやってみた。

 やってはいけないことをやっているこの気持ち、背徳感が心地よかった。

 私はお姉さんと一緒にからだを洗った。

 お姉さんは真っ白ですべすべな肌をしていた。

 まるでフィギュアのような、整ったプロポーションだった。

お姉さんは、ロシアから来たんですよね?

KGBの職員

KGB(コミュニティ・オブ・ナショナル・セキュリティ)……ソ連国家保安委員会の職員よ。まあ、ソ連は1991年に崩壊したけどね

ケージービー?

KGBの職員

日本での略称は 『КГБ』 を翻字した『KGB』。ロシア語とドイツ語の読みはカーゲーベー、英語はケージービー。伝わりやすいからケージービーを使かってるわ。そもそも公式には解散しているし

うん?

KGBの職員

KGBは、1954年からソ連崩壊まで存在した情報機関・秘密警察よ。軍の監視や国境警備も担当していたんだけど、まあ詳しいことはさておき、KGB職員の法律上の地位は『軍人』よ

軍人さんですか

KGBの職員

ちなみにKGBの得意技は、ハニー・トラップらしいわよ。まあ、冷戦時代に頻繁に行われたようだから、そういうウワサが立つのもしかたがないけどね

ハニー・トラップ……なんだか色っぽいですね

KGBの職員

ハニー・トラップは、女性スパイが対象男性を誘惑し、エッチして懐柔するか、あるいはエッチしたことを相手の弱みとして脅迫する諜報活動。冷戦下のKGB職員は、そうやって機密情報を対象男性に要求したの

 お姉さんは、石けんで自身の胸をなでながらそう言った。

 それは誇らしげに上を向いた、まるでロケットのような乳だった。

pagetop