全校集会で、
僕らは体育館に集合していた。
壇上には校長先生がいる。
全校集会で、
僕らは体育館に集合していた。
壇上には校長先生がいる。
生徒のみなさん、ごきげんよう
私が校長です
改めて言わなくても。
生徒のみなさん。私は校長です
そして、校長以上でも以下でもありません
それが現実です
校長先生の話は、かなり中身がない。
今日は、私がいかにして校長になったかということを……
今から数時間かけて説明しようと思いましたが……
時間の都合で十分ほどでまとめます。ええ。まず――
どれほど中身のない話であろうと、
私語をしていれば、
見回っている先生たちに怒られる。
だから、みんな、
基本的には大人しくしていた。
芯条くん、芯条くん
僕を呼ぶ声がする。
隣の列に整列している女子。
沙鳥の声だ。
芯条くんってば
先生たちが目を光らせているのに、
なぜ堂々と沙鳥が僕の名前を呼べるかというと、
僕にしか聞こえていないからだ。
僕と沙鳥は、
テレパスと呼ばれる超能力者。
頭の中だけで、言葉のやり取りができるのだ。
芯条くん
テレパス同士だからって、
会話しなきゃいけないわけじゃない。
今は、いかに意味がなかろうとも、
校長先生の話を聞く時間だ。
芯条くん?
返事なんかしないからな。
……
……芯之条くん?
誰だよ
微妙に名前を間違えられて、
思わず反応してしまった。
やっぱり、芯条くんであってますよね
今さら?
ひょっとしたら今まで間違えて名前を呼んでいて、その鬱憤が溜まって
すねてしまったのかと思いました
芯条です。間違いなく
勝手に「の」を足さないでくれ
でも「芯之条くん」って格好いいですね
そうかな
まあ、たしかに家柄がよくなった感じはあるけど
どうします、改名します?
なんでだよ
そんな軽いノリで戸籍をいじれるか。
それより、芯条くん
ちょっと私、すごいことに気づいたんです
すごいこと? 何?
あれ? 珍しく興味しんしんですね
そこまでじゃないけど
では、興味ぴゅんぴゅんくらいですかね
なんでもいいよ
正直に言うと、集会は苦手だ。
やや貧血気味の僕としては、
長らく立たされているのがまずつらい。
それでも、
興味の湧く話だったら気がまぎれるけど、
校長先生の話はまるで中身がないのだ。
沙鳥の話の方が、まだましだ。
それに、
ひょっとしたら、
今、沙鳥の話につきあっておけば、
その分、今日の授業の、
のちのちの妨害がいくらか薄くなるかもしれない、
というメリットもある。
校長には悪いが、授業の方が大事だ。
で、すごいことって何?
ごめん、校長先生。
さよなら、校長先生。
気づいたんですが、校長先生の声って
別れを告げた校長先生が戻ってきた。
誰かの声に似てませんか?
誰に?
有名人とかってこと?
それがですね
思い出せないんです
さっき「すごいことに気づいた」って言わなかったか
思い出せたらすごいはずなんです。誰でしたっけ?
さあ……
芯条くんも、死ぬ気で考えてくださいよ
こんなことで死ねるか
誰の声に似てると思います?
うーん
沙鳥が言うので、
校長先生の話に意識を集中してみる。
――私が初めて校長という言葉を知ったのは、小学生のときで――
……
――その夕焼けを見たのが、中学二年生のとき――
……
――このとき私は、自分がいつか校長になるなどと思ってもいませんでした――
……
――しかし、高校二年の夏休み。ぬるくなったサイダーを青空の下で飲み干し、私は思ったのです――
――あ。ひょっとしたら教頭くらいにはなるかも――
……
――そして、大学二年のとき、私は校長という存在を、いっとき完全に忘れていました――
――当時はそういう世相だったんです――
……
――校長とは何なのか、私はさびれた喫茶店で、コーヒー1杯だけで何時間も友人と議論したものです――
――懐かしいな、あのシベリアの味――
……
――校長。上から読んだら校長。下から読んだらうよちうこ――
……
――うるせー。校長って言ったほうが校長なんだよ――
……
――校長こちょこちょみこちょこちょ。あわせてこちょこちょむこちょこちょ――
……
――そっちは校長じゃない。ただの残像さ――
……
――全国で一番早い校長の収穫が、愛媛で始まりました――
……
……
……。
思った以上に中身がないな。
真顔で何を熱心に語ってるんだ。
校長先生。
誰も聞いてないのをいいことに、
適当にしゃべってるのか?
それとも最初からちゃんと聞いてたら、
この訳のわからなそうな話にも、
一貫性があったのか?
――ですからいずれ私は、校長の星に帰らなければいけません――
いや、たぶん適当だなこれ。
芯条くん
しまった、忘れてた。
誰の声に似てるか、
たしかめなきゃいけないんだった。
シベリアってどんな食べ物ですかね。じゅるじゅる
沙鳥の食い意地が発動した。
ていうか、話ちゃんと聞いてたんだな
もちろん
普段の授業からそうしなよ
それはさておき
さておくな
誰の声に似てると思います?
うーん
どんなに聞いても、
普通のおじさんの声だ。
普通の校長先生の声。
それ以上でも以下でもない。
たぶん、何かテレビの、ナレーターさんだと思うんです
何の番組?
私にそれがわかるんだったら、芯条くんは必要ないです
そのために必要とされてたの?
うーん、あれですよ
あの番組なんですよ
沙鳥のことだから、食べ物の番組じゃない?
そう! そうです!
動物番組
それを食べ物って言ってたらまずいだろう
……動物バラエティーとか?
うーん。ドキュメンタリー要素もあったような気が
要領を得ないな……
あと、カラーでした
そりゃそうだろ
どうします?
校長先生、本人に聞きます?
だめだろ
全校集会の最中に、
校長先生の話をさえぎるような、
横暴をする度胸はない。
代償に得るものも、どうでも良すぎる。
しょうがないです
では、この件は迷宮に突入ですね
元気に迷い込んだな
そんな念の飛ばしあいをしている間にも、
校長先生の話は続いていた。
――私は現役最後の校長として、三百年後の復活に備え――
……。
なんだか僕も、
誰の声に似てるんだか本当に気になってきた。
あとで、第三者の意見を聞いてみようか。
沙鳥。僕はわかんないけど、あとで句縁あたりに聞いてみるよ
くえん?
この前、ドラマの話してた小さいやつ
あと、沙鳥が体操着貸してあげてた小さいやつ
ああ、柿月さん……
やや間があってから、
沙鳥は、はしゃいだ様子で念じてきた。
あっ、わかりましたよ、芯条くん。思い出しました!
あれです、あの人の声に似てるんです。あのドラマの語り部の人!
……えーっと、沖縄のやつ?
沖縄のやつ!
じゃあ動物番組でもバラエティでもドキュメンタリーでもないんだけど
ちゃっかりミスです
ミスならうっかりしなさい
いやー、助かりました
あとで柿月さんにお礼言っておいてください
やめとくよ
句縁も突然お礼言われたら困ると思う。
しかし、
あんな普通のおじさんみたいな語り部でいいのか、
あのドラマ?
――まだまだ話は尽きませんが、そろそろ時間なので終えましょうか
疑問が解決したところで、
やっと校長先生の話が終わった。
あ。そういえば、最近
私の声が、今やってる沖縄のドラマのナレーターに似てるとよく言われるんですが
!!
!!
こっちでさんざん考えて出した結論を、
校長があっさり出してしまった。
最初から、
その話してくれれば良かったのに……。
あれは校長ではありません
そりゃそうだろ
ええ、そうですよ
本物はもう少しイケメンです
ナレーターじゃないのか?
校長からは以上
やっと、
校長先生の話が終わった。
校長先生が壇上から去ると、
集会の進行役である、英語の先生が言った。
校長先生、ありがとうございました
それではねくすと
先生は、
いつもの怪しい英語をまじえながら言った。
つづいては
校長先生の話・その2です
りっすん
集会はまだ、終わらない。