――少し歩いて、会場近くの公園へ。
――少し歩いて、会場近くの公園へ。
はぁ……ここは、ずいぶん静かだね
少しだけ人はいるけれど、あの会場の勢いというか熱気に比べれば、ほんとに無音っていっていいくらい。
車の音や風の音がこんなにも新鮮に感じられるのは、不思議な疲労感のせいなんだろうか。
疲れちゃった?
ううん。
なんていうか……不思議な感じ、なのかなぁ
疲れてはいたけれど、体育や運動をした後のような疲れじゃなかった。
言うなら……なんだろう。新装開店のお店に行った時のような、旅行を終えて帰ってきた時のような、見たことのない場所へ行ったときのような疲れと言えばいいんだろうか。
(確かに、初めて行った場所だからかも)
幻滅、したかしら
げんめつ……?
理愛ちゃんの言った言葉がよくわからなくて、聞き返してしまう。
げんめつって……なんか、あんまり良い意味じゃないような。
舞ちゃん、わたしのこと……嫌いに、なったかしら
はっ!?
理愛ちゃん、なに言ってるの!
想わず大声で、理愛ちゃんに聞き返しちゃう。
声が裏返るくらいの大きさだったからか、理愛ちゃんも驚いたような顔をしている。
眼を大きく開いて、理愛ちゃんがこっちを見ている。だから、瞳を離せない。
少しして、開いた眼が伏し目がちになり、理愛ちゃんは低い声でわたしに向かって話し始めた。
わたし、マンガやアニメが大好きなの
それが、理愛ちゃんの隠していたこと?
そうよ。
舞ちゃん、こんなわたしを……どう想ったかしら
どう、って……
やっぱり、幻滅、した?
ふぇえぇ!?
どうしてそんな話になるのか、まったく見当がつかなかった。
それで理愛ちゃんを嫌いになっていうのが、わかんない。
ぜんぜんわかんないよ!
今のわたし……理愛ちゃんの想い描く、わたしに合ってる?
……わたしの想い描く、理愛ちゃん?
品行方正で、規律を守って、勉強ができて、お家の手伝いして、スポーツに打ち込んで、友達とも仲良くできて……そんなわたしと、イメージは一緒?
……いや、意外といえば意外、だけれど
正直にわたしは言ってしまった。
あのすっごいスケジュールの中、こんな趣味も持っていたんだーってことに感心したんだけれど。
でしょう。
だから……舞ちゃんに、嫌がられるんじゃないかって、不安で
理愛ちゃんは別の意味にとったみたい。
(……どうして、そんなに不安なんだろう)
わたし、趣味があるってステキだと想うけれど
本当に?
だってわたし、ぜんぜん趣味っぽいものないよ?
勉強もスポーツも苦手だし
理愛ちゃんと遊ぶのが、唯一の趣味かもしれないけれど。
だ、だって私、家でのバイト代からお小遣いまで、みんなそういう趣味に費やしちゃって
みんなって……理愛ちゃん、確か家のお手伝い、結構してたよね
う、うん。
でも、イベントとかって、意外といろいろかかるから
あれ。
もしかして、わたしと帰る時間が減ったのもそういう理由なの?
う……ご、ごめんなさい。
欲しいものは増えるばっかりだし、でも生徒会の作業や家の手伝いもしなきゃって
言ってくれれば良かったのに。
手伝えることなら、なんでも手伝うよ
でも、申し訳なくて……
意外だなぁ
……ごめんなさい
うつむく理愛ちゃんを見て、鈍いわたしはようやく気づいた。
意外、という言葉をほめるつもりで使っていたんだけれど……もしかして、理愛ちゃんは嫌なんだろうか。
理愛ちゃんの意外な部分、わたしは好きだよ
でも、イメージと違うでしょう?
イメージと違うっていうか……イメージが、増えた感じかな
イメージが、増える?
好きな人の知らない部分を見れるのって、楽しいじゃない♪
……そんな
恥ずかしそうにする理愛ちゃんの頬が、少し赤く見える。
それに気づいたわたしも、少しだけ、どきどきしてしまう。
(あれ、わたし……なにか、変なこと言ったかな)
考えて胸のドキドキを抑えようとしたけれど、次の一言でまたビックリさせられた。
舞ちゃんの想像する私を、裏切っちゃうと想ったから
わたしの、想像する、理愛ちゃん?
ぜんぜん、言っている意味がわからなくて、ビックリしてしまった。
でも――少しして、想いだす。
小学校の頃、わたしが言った言葉のことを。
理愛ちゃん、わたしの想像する理愛ちゃんって……
『キレイで、頼りがいがあって、頭も良くて、しっかりしている』。
どう、当ってる……かな
うん、確かにそうだけれど……
舞ちゃんの想像する私って……こうした趣味を持っているって、ないでしょう
え?
持ってないって、なにが
ゆっくり、理愛ちゃんは両手を持ち上げて、わたしへと掲げる。
こんなに、漫画のキャラクターが大好きで、歯止めがきかないの。
それって……イメージと、違うでしょう?
(え……えぇ……えぇぇぇ!?)
内心でビックリしすぎて、眼を見開くくらいしかわたしはできなくなった。
確かに、イメージとは違うけれど……理愛ちゃん、もしかして、それでわたしに黙っていたの!?
宮沢賢治とか、福沢諭吉とか、川端康成とか、村上春樹とか……好きな作家、そういうイメージでしょ
え、誰それ。
ぜんぜんわかんない
今も語り継がれている、有名な文豪の人達なんだけれど……舞ちゃん、わからないでしょう
わかんないし、なんとなく読むのがためらわれる感じがする
舞ちゃんのなかで、わたしってそういう人達と漫画、どっちを読むイメージがあるかしら
……わたしが理解できない方、かも
でしょう!?
(……あれ。
なんかそうやって強く頷(うなず)かれるのも、どうなんだろう)
ちょっぴり想ったけれど、間違いじゃないので流しておくことにした。
――理愛ちゃんの言うことじゃないけれど、もうちょっと勉強した方がいいのかも、と想ったりする。
そんなわたしの内心が読めるわけもないので、理愛ちゃんは自分の話を続ける。
だけど私、本当は漫画やアニメが大好き!
いつもニュースアプリを合間に見て、スケジュールを調整して時間を作って、楽しんでいるの。
舞ちゃんの想像する、偉人や文豪の本なんかは、たまにしか読んでないの!
たまにでもすごいよ!?
自慢じゃないけどわたし、国語の点数は赤点すれすれだからね!
むしろ本は漫画もあまり読まないくらい苦手、文字とかはもっぱらスマホで読むくらいだし。
むしろ、どうして理愛ちゃんのなかのわたしのイメージがそうなっているのか、そっちの方が気になるよ!?
だ、だから私……舞ちゃんの前では、ちゃんときりっとした姿と、難しい話をしようと、努力してたの
努力の方向がよくわからないね!?
理愛ちゃんの話から、わたしはあることを考えてしまう。
じゃあ、理愛ちゃんは……わたしといる時、ずっと、辛かったのかな
だからわたしは、想わずそう言ってしまった。
――素の理愛ちゃんを、見せてもらえていない。
それってすごく大変で、負担ばっかりかかって。
――そうさせてしまったのも、昔の自分の考え無しな言葉のせいで。
その辛さが、自分が原因なんだと想うと、わたしも悲しくなってきて。
そうじゃない、そうじゃないわ!
理愛ちゃんはわたしに向かってそう言ってくれるけれど、わたしの心は沈みっぱなし。
だからなのか、理愛ちゃんは、違う話を始めた。
……舞ちゃんが、言ったのよ
わたし、が?
『理愛ちゃんはスゴいね、なんでもできて。わたし、憧れちゃうなって』
そう、だけれど……
想い出した記憶に、わたしの気分が少し落ち込む。
それって、小学校の頃の話だよね
わたしはぼんやりと覚えているくらいだったのに、理愛ちゃんはちゃんと覚えていたんだ。
理愛ちゃん、やっぱりスゴイなぁ。
わたし、すっごく嬉しかったのよ。
ほら、あの頃のわたし……自信がなくて
うん……そう、だね。
周りの子に遠慮して、ちょっと引っ込み気味だったかも
人がいっぱいいたり、責任が大きくなると、オドオドしちゃっていた気がする。
ほら、あの頃……演劇の主役に、わたしが推薦されて
演劇の主役も、みんなから選ばれた理愛ちゃんに……。
(わたしが、勧めた気がしてきた……)
なにもかもわたしのせいだよ……脳天気すぎるよ、昔のわたし……。
怖かったけれど……演劇が無事に終わった時、舞ちゃんが言ってくれたでしょう
『理愛ちゃん、自信をもってよ』、だっけ
覚えていてくれたのね、嬉しい
言いながら、わたしは違うことを考えていた。
(わたしの、せいだったのかな)
わたしは、それに応えたいと想ったの。
舞ちゃんに誉められるの、嬉しかったから
……わたしが、理愛ちゃんを、勝手に縛っちゃったのかな
ううん、そうじゃないよ!
で、でも……
怯えるような理愛ちゃんの顔。
それは、とても懐かしく、見覚えのあるもの。
(……うん。本当の理愛ちゃん、そうだよ)
忘れてはいけなかったのは、わたしの方だったのに。
ごめんね、理愛ちゃん
どうして、舞ちゃんが謝るの
理愛ちゃんのこと、勝手に想いこんじゃってて。
わたし、脳天気だから……
手を差し出して、理愛ちゃんの手を握る。
わたしは、そんなリアルな理愛ちゃんが好きだよ。
だから、自分を出すことを、怖がらないで
舞ちゃん……
それに、嬉しいよ♪
嬉しいって、なにが?
かわばた……さん、とか、ゆきちさん、とかより……漫画が好きだなんて、すっごく嬉しい!
ぎゅっと、トートバッグを持った理愛ちゃんの手を握って、わたしは言った。
だって、わたしにだって、わかるんだもん!
一緒に好きな作品を話し合えるって、すごく嬉しいことじゃない♪
一緒に、話し合える……
うん!
だから、わたしにも教えてよ!
その、マコトくんの活躍を
でも、今のわたし……カッコいい、のかな
好きなことを好きって言えるのは、ステキだと想うよ♪
……舞ちゃん、ありがとう。
わたしも、嬉しい
えへへ。
こちらこそ、だよ
これからは、舞ちゃんとの時間もまた作れると想う
本当に!?
イベントラッシュは一段落したし、さすがにちょっと反省したから
そうなんだ。
でも、生徒会や家の手伝いは?
さすがに詰め込みすぎだったから、調整してみる。
でも、これからもこういう趣味は続けていくと想うけれど……いいかな?
全然気にしないよ!
むしろ、一番くじを買いしめる姉を持つわたしに、なにを今更だよ!
え、舞ちゃんのお姉さんそういう人だったの!?
そうだよ!
いつもバイト代を全部、気に入ったアイドルグループのく一番くじで全部使っちゃってるよ!
姉は毎回何万円も使ってアイドルのグッズなどを買ってきては、変な笑いを浮かべている。むしろ、そのアイドル目当てに、大学を休んで遊び歩いていたりもするのだ。
(そう考えると、理愛ちゃんマジメすぎる……)
そんな姉と比べてしまうと、理愛ちゃんは考えすぎていると想わなくもない。
なら、その趣味がそんなに変じゃないって、受け入れてあげたいとも想う。
だから、驚いてはいるけれど……嫌いになんか、ならないよ
本当に?
どうして理愛ちゃんは、わたしが嫌いになると想ったの?
……そういえば、どうしてかしら。
無意識に、立派にならなきゃって、想ってて
立派……
――振り返れば、会場でいつもより甘くて幸せそうな笑みを浮かべる理愛ちゃんの顔は、確かにカッコいいというわけじゃないかもしれない。
もしかするとわたしの言った言葉を、真面目な理愛ちゃんは、ああいうイメージとは違うものって想っていたのかもしれない。
どうしてだろうね……でも、それはわたしが悪いのかも。
理愛ちゃんに、勝手にイメージを押しつけていたから
そんな……それは、舞ちゃんのせいじゃないわ
ううん。
わたし、理愛ちゃんのこと、ちゃんとわかってなかったんだね
舞ちゃん……
理愛ちゃん。
一緒にいる時間が長くても、お互いに知らないことは、いっぱいあるんだね
そういうこと、なんだと想う。
紬ちゃんと添石さんの関係みたいに、人によって、知らないつながりや顔がある。
わたしは、ちゃんと理愛ちゃんに向き合っていなかったんだと想う。
だから……これからは、違う理愛ちゃんも、ちゃんと見ていきたい。
そう、ね。
舞ちゃんがわたしに連れてこられて驚くなんて、珍しいよね
うん。
とっても新鮮で、驚いているよ
嫌、じゃないかしら
驚いてはいるけれど……理愛ちゃんのことがわかって、嬉しいよ
嬉しいわ、舞ちゃん。
わたしも、受け入れてもらえて
理愛ちゃん。
わたし、理愛ちゃんのことをもっと教えて欲しいかも
わたしの、ことを?
うん。
わたし、理愛ちゃんのこと――大好きだから
じゃあ……お願いが、あるの
――理愛ちゃんが小さく呟いた、わたしへのお願い。
――そのお願いに、わたしの日常は一変することになったわけです。