小暮忍

まあ、罪滅ぼしでやってるような仕事だからな

という行きの意味深なセリフが経華の脳裏を掠めた。


行きよりも帰りの荷物の方がずっしりと重く感じた。


それと相反するようにキャリーケースのキーホルダーは軽快に揺れていて、

経華を少し気楽にさせた。


この荷物の軽さと重さはそのまま小暮の粧子への感情に重なっているように経華には思えた。


そう考えると少しやさしくてさみしい気持ちになり、

浅草の夜風がなまぬるく彼女の髪や首筋を流れていった。







その頃かさやでばあさんが包丁を研いだり、

まな板を片付けていると店内に菅原大吾と森加奈子がやってきた。

森加奈子

こんばんは

らっしゃい。デートかい?

菅原大吾

おお、さすがばあさん!!無粋だけど察しがいいね

森加奈子

いいえ。いつも通り。ただの競馬とパチンコと麻雀のギャンブルトライアスロン帰りです

菅原大吾

ばあさん。何か食える飯!

あんたはいくつになったら口の利き方覚えるんだい?

菅原大吾

ウハハハハハ!

カウンターに座る菅原と加奈子。

さっきまで小暮先生が居てったんだよ。かわいい助手を連れてね。色が白くて胸が大きくて昔の私みたいだった。ありゃいい娘だよ

森加奈子

へえ、あの小暮先生が?もしかして昼間ウチに来た織原さんとかいう?

菅原大吾

さすが色男は違うねえ。適当に博打やってマッサージやってるだけで良い女が寄ってくる。近々抜き打ちチェックだな

ボトルキープしてある二人の酒を差し出すばばあ。

それがまた笑った顔がよく似てるんだ粧子先生に

菅原大吾

そいつあ、ますますお仕置きだな

冗談にしては少し怒りのこもったような口調で菅原は言った。


加奈子はそれを察したかのようにグラスに氷を割り入れて

森加奈子

今日はちょっと勝ち過ぎたから一杯だけ奢ってあげる

菅原大吾

マジ言ってんの!?嬉しいねえ。そんな事言ってると次は一杯だけじゃ済まなくなるぜ。うははは!


菅原と加奈子がお互いの酒をグラスに注ぎ合う。


先ほどの小暮達の時とは違う長くて鋭い包丁を取り出し、

ばあさんは鯛を繊細におろし始めた。


白く透き通るような刺身が一枚一枚皿に並べられていく。


その様子をカウンター越しに眺めていた加奈子が

森加奈子

綺麗ですね。失礼ですが今日のはいつもより繊細な感じがします

そいつあご挨拶だね。まあたしかにさっき先生に診てもらって調子がいいんだ。冴えてる内に冴えた仕事をする。それがあの人の口癖でね

河豚ちりのように綺麗に盛られた鯛の刺身を二人に差し出すばあさん。


加奈子が箸で身をつまむ。


透明で天井の先まで見えるほどの薄さ。


醤油に浸し、

ガリで撫でるようにして塩気を整えてから紅い口元に運ぶ。


か細い喉が唸った後に

森加奈子

美味しい。綺麗に切れてるだけでこんなに歯ごたえが違うんですね

続けて菅原も豪快に2~3切れを口に詰め込んで

菅原大吾

きめ細かい仕事だ。ウチのじじいの料亭でも通用する捌きだな

そりゃどうも。あんたのドカ食いに言われてもいまいち胡散臭いがね




一同どっと笑う。


ばあさんは嬉しそうにダサいお相撲さんの描かれた布巾で包丁を吹いていた。




第三章

ゴースト

おしまい

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