スポーツ万能で、誰からも頼りにされる兄貴分、学園一の人気者と名高い少年――陸。

勉強はできるけれど、人付き合いが苦手な少女――あんな。

正反対な二人の道が交わることはないはずだった。

しかし、偶然同じクラスになったことから、二人の距離は縮まっていき……。

嵯峨山陸

なあ、俺、お前のこと好きになっちゃったみたい

壁際に追いつめられ、耳元で囁かれた言葉に、あんなはびくりと肩を震わせた。

竜胆あんな

何、言ってるの……ふざけてないで、どいてよ……

嵯峨山陸

ふざけてなんかねぇよ。俺はいつでも本気だぜ

陸の真剣な眼差しを受け止めきれず、あんなは逃げてしまう。

それからも、陸はあんなが困っていれば手を差し伸べ、何度でも愛を告白する。

しかし、拒絶されるたび密かに傷ついていた陸は、最後と決めていた告白も跳ね除けられたことで、あんなと距離を置くようになった。

そうなってようやく自分の恋心を自覚したあんなは、今度は自分から想いを告げた。

嵯峨山陸

俺が何度好きだって言っても本気にしなかったくせに。今さら、俺にお前のその言葉を信じろっていうのかよ

竜胆あんな

ごめんなさい。私、ずっと酷いことしてきた……好きって気持ちを否定されるのは、こんなにも苦しいことだったんだね……

俯いてしまった陸の肩に、あんなはそっと手を乗せる。

竜胆あんな

でも、やっと気づいたの。私は、あなたのことが好きなんだって。だから、今度は私があなたに信じてもらえるように頑張る

嵯峨山陸

頑張るって……どうするつもりだよ

弱々しい声で吐き捨てられた言葉に、あんなは目を伏せた。

肩に手をかけたまま背伸びをして、そして――。

殺風景だった事務所の壁に、里見先輩の手によって一枚のポスターが貼られていく。

『アイドルドリームマッチ3 待望の開催!』と書かれた大判のポスターを前に、里見先輩はまるでガイドのように片手を上げて説明をはじめた。

香谷里見

アイドルドリームマッチは、活躍中のアイドルたちが事務所の枠を越えて新ユニットを結成し、人気を競う歌番組です

香谷里見

ここでしか見られないスペシャルなユニットが実現するので

香谷里見

アイドルファンからは熱い注目を浴びている番組なんですよ

香谷里見

今回は、人気動画サイトのイベント会場で開催されることが決定しています

香谷里見

どんな新ユニットが優勝するのか楽しみですね!

竜胆あんな

……里見さん、誰に説明してるんですか?

香谷里見

ハッ……! つい以前の癖で……

あんなのツッコミに、里見先輩は照れくさそうに口元を手で覆った。

香谷里見

それにしても、まさかまたこんな大々的なアイドルイベントが開催できるなんて思ってもみませんでした……

竜胆あんな

プロデューサーさん、ちゃんとお仕事してたんですね。遊んでるようにしか見えないとか疑っちゃってごめんなさい……!

プロデューサーは今、アイドリズム復活を目指して世界中を飛び回っている。

今回のアイドルドリームマッチ3開催は、そんなプロデューサーの尽力によるものが大きいようだ。

アイドリズム崩壊後、初となる大型アイドルイベントに、業界は俄かに活気づいてきている。

リーク情報によって、ネットでもアイドルに対する賛否両論が繰り広げられているが、熱烈なファンからの期待する声も多々見受けられた。

独自の音楽性を武器にヨーロッパで人気となった覆面アイドルも参加を表明したとか、単に暴れたいだけなんじゃないか、などという信憑性のない噂も飛び交っているらしい。

香谷里見

あんなちゃんも参加するんですよね。練習は順調ですか?

竜胆あんな

はい。歌もダンスも張り切ってやってます!

あんなは得意げに、その場でシングルターンを決めてみせた。

香谷里見

おお! 気合充分ですね!

竜胆あんな

えへへー

月城虎子

チッ……

パチパチパチという里見先輩の拍手の音に紛れて、小さく舌打ちの音が響く。

それに気づいたあんなが、頬を膨らませながらこちらへ歩み寄ってきた。

竜胆あんな

虎子さん、柄悪くなってますよー

月城虎子

どうしたらあなたのように能天気でいられるのか、教えてほしいくらいだわ

竜胆あんな

むー! 能天気ってなんですか!

香谷里見

まあまあ、落ち着いてあんなちゃん。虎子ちゃんも、準備に追われていて大変なのはわかりますが、今のはちょっと大人気ないですよ

里見先輩に窘められ、私は口を噤んだ。

余裕がないせいで、イライラしやすくなっているという自覚は一応ある。

アイドルドリームマッチ3に参加するためには、ただ参加表明をすればいいというものではなく、エントリーライブで観客票を一定以上集めなければならないのだ。

相変わらずどこにいるとも知れないプロデューサーから、私はエントリーライブの手配を一任された。

それ自体に不満はない。

メッセージアプリの画面に表示された、バナナボートに乗っているプロデューサーの写真と「よろしくー」の一言を見たときは絶句したが、頼りにされていると思えば純粋に嬉しい。

開催まであまり日がないため、ライブの会場選びやスタッフの確保などに追われてはいるものの、スケジュールを立てる作業は得意分野だ。

問題は、どうすればあんなを正統派アイドルとして売り出せるのかというところにあった。

知名度のない地下アイドルが、ただエントリーライブを開催しても、観客がやってくるとは思えない。

さらにそこから票を集めるとなると、一筋縄ではいかないだろう。

月城虎子

はあ……いくら宣伝を打っても限度があるし、なんとかお客が呼べそうなゲストを確保しないと……

思わず、大きなため息が漏れる。

するとあんなは、不服そうに唇を尖らせた。

竜胆あんな

酷いです! 最近はテレビの効果もあって、知名度が上がってきてるって里見さんは言ってくれましたもん!

月城虎子

…………あの結末で?

私は、あんなから目を逸らし、テレビのリモコンを手に取った。

みかん箱の上に置かれた液晶テレビの電源を入れ、HDDに録画してある例のドラマのデータを呼び出す。

チャプターでクライマックスシーンを選択し、再生ボタンを押した。

陸の肩に手を乗せ、背伸びをして顔を近づけていくあんな。

竜胆あんな

ぅ~~~~……

しかし勇気が出ず、ぎゅっと目をつむったまま動けなくなってしまう。

そんなあんなに陸は小さく苦笑して、

嵯峨山陸

大丈夫だ

と励ますように囁いた。

あんなはおそるおそる目を開き、上目遣いで陸を見つめる。

すると応えるように、腰に回されていた手が優しく背中を叩いてくれた。

それらの仕草に勇気づけられたあんなは、再び目を閉じる。

小さく息を吐き、意を決して陸へと飛び込んだ――。

嵯峨山陸

ぐぁっ……!

竜胆あんな

ああああああっ、ご、ごめんなさい~~~っ!

勢いあまったあんなにキスではなく、頭突きを食らわされた陸がのけぞったところでエンディングが流れはじめた。

竜胆あんな

あはははは~

あんなは、目を逸らしてわざとらしく笑う。

月城虎子

深夜ドラマとはいえ、全国ネットでこんな失態が放送されるなんて……

明らかに失敗なのだが、監督が自然な演技でよかったと気に入り、そのまま使ってしまったのだ。

香谷里見

か、監督さんはあんなちゃんのこと褒めてくれて、また機会があったら呼びたいとおっしゃってくれたそうじゃないですか

月城虎子

放送後、陸ファンからクレームが殺到しているそうで、その機会は永遠に訪れなさそうですけどね……

香谷里見

あー……

ネットでも悪い意味で話題になったようで、多くの女性を敵に回したことは間違いない。

竜胆あんな

で、でも陸くんはラジオで面白い撮影だったってフォローしてくれてましたし……!

月城虎子

過激なファンは、それでもっと炎上したようだけれどね

竜胆あんな

うっ……

思いがけずドラマに出演したことで、確かにある程度の知名度は得ただろう。

けれど、正統派アイドルとしてはどうあがいてもマイナスイメージだ。

月城虎子

わかったでしょう? 今度のエントリーライブで、なんとか挽回しなければならないのよ! そのためには、そのためには……! ぐるるるるっ、何も思いつかないわっ

竜胆あんな

虎子さん、落ち着いて! うなり声が虎っぽくなっちゃってますよ!

香谷里見

煮詰まってしまっているようですし、一度気分転換した方がいいかもしれませんね

月城虎子

しかし、今は時間が惜しいです……

香谷里見

急がば回れって言うでしょう? ちょっと休んで甘いものでも食べれば、いい考えが浮かぶかもしれませんよ?

里見先輩の言うことももっともかもしれない……。

そう考えていると、あんなが何かを思いついたように手を叩いた。

竜胆あんな

私、いいお店知ってますよ!

月城虎子

ちょっと、私まだ行くとは……

あんなに腕を引かれ、里見先輩には背中を押され、半ば強引に出入り口まで連れていかれる。

竜胆あんな

じゃあ、いってきまーす!

香谷里見

いってらっしゃい。お土産買ってくるまで、帰ってきちゃダメですよー

いい笑顔の里見先輩によって、無情にも事務所のドアは閉ざされてしまった。

竜胆あんな

ほらほら、行きますよー

月城虎子

はあ……わかったわ

あんなに連れられてやってきたのは、事務所の程近くにある喫茶店だった。

小さな店構えだが、洋風で豪奢な外観をしている。

入り口前のブラックボードには、『喫茶ぷらんく』と記されていた。

月城虎子

こんなところに、喫茶店があったのね

竜胆あんな

小さいお店ですけど、テレビ局やスタジオにケータリングもしていて、美味しいって評判なんですよ!

月城虎子

へえ……

木製のドアを引くと、カランカランと鐘の音が響いた。

いらっしゃいませ! あ、あんなちゃん!

店の中に入ると、元気な声と共にアルバイトらしい少女が駆け寄ってきた。

どうやら、あんなの知り合いらしい。

竜胆あんな

こんにちは、天音ちゃん

今日は一人じゃないんだね

竜胆あんな

はい! 私のマネージャーの月城虎子さんです。虎子さん、こちらは葛城天音ちゃん

紹介されたので小さく会釈をすると、天音と呼ばれた少女は不思議そうに目を瞬かせた。

葛城天音

あれ……前にどこかで会ったことがあるような…………あっ! 虎子さんって、先月、水族館の前にいませんでした?

月城虎子

確かに、水族館へは行ったけれど……

葛城天音

やっぱり! パンケーキの配達へ出向いて警備員さんに止められちゃったときに、目が合ったお姉さんですよね?

そう言われて、私は改めて天音の顔を見つめる。

可愛らしい顔立ちをしているが、これといって特徴のない――言ってしまえば、目立たない少女だ。

月城虎子

そういえば、警備員と揉めている人がいたような気がするけど……ごめんなさい、よく覚えてないわ

葛城天音

そ、そんなー……

ふふっ、天音さんは相変わらず芸能人オーラが皆無ですわねー

がっくりと肩を落とした天音のうしろから、今度は見覚えのある少女が歩み寄ってきた。

月城虎子

あなたは確か……EARTH・RAYの神楽柚希?

神楽柚希

あら、私のことはご存知なのですね

葛城天音

えっ、柚ちゃんのことは知ってるのに、私のことはわからないんですか?

何故かショックを受けたような顔をしている天音に戸惑いつつも、私は頷く。

月城虎子

仕事で一緒になったことはないけれど、女優として出演している作品をいくつか観たことがあるの。特に二丁拳銃でゾンビを倒しまくるアクションは圧巻で、印象に残っているわ。ラストシーンの、バールで巨大ゾンビを仕留めるのはやりすぎだと思ったけど

神楽柚希

優秀なマネージャーさんに覚えていただけているなんて、光栄です。ありがとうございます

竜胆あんな

柚希ちゃんは、最近でもよくテレビに出てますもんね

神楽柚希

朝の連続ドラマに出演させていただいているおかげですわ。今日も、その撮影が終わってから、こちらに立ち寄ったんです。そうそう、ドラマといえば……先日は透子さんが大変お世話になりました

丁寧に頭を下げられ、あんなは首と両手をわたわたと横に振った。

竜胆あんな

そんな……! むしろ、私が代わりになったせいで変な終わりかたになっちゃって申し訳ないというか……!

先ほど見返したばかりだからか、一応気にはしていたらしい。

月城虎子

もう体は大丈夫なのかしら?

神楽柚希

ええ、体の方はすっかり。今、奥の席で作業していらっしゃいますわ

手のひらで示された壁際の席には、大きなヘッドホンをつけて、ノートに向かっている透子の姿があった。

どうやら私たちが来店したことには気づいていないようだ。

神楽柚希

よろしければ、声をかけてあげてください。迷惑をかけたと気にしていましたから

柚希に促され、私とあんなは奥の席へと歩み寄った。

真うしろに立っても透子は気づくことなく、小声で何かを呟きながらノートにペンを走らせている。

そっと覗き込んでみると、歌詞らしき文章が書かれていた。

月城虎子

……雨が止むことは永遠にない……もう二度と取り戻せない光……あなたのいない世界なんて壊れてしまえばいいのに……

竜胆あんな

く、暗い……失恋の歌でしょうか……

そんな話をしていると、さすがに気づいたらしい透子が訝しげな表情で振り返った。

一ノ瀬透子

えっ……虎子さん!? あんな!?

私たちと目が合うなり、透子は椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。

一ノ瀬透子

先日は、ご迷惑をかけてすみませんでした!

大きく頭を下げた透子の耳からヘッドホンが外れ、床に落ちる。

一ノ瀬透子

練習にまで付き合ってもらったのに、私……

月城虎子

あなたが一番悔しかったってわかっているから、そんなに気に病まないでちょうだい

竜胆あんな

そうですよ。元気になったみたいで、よかったです

あんなが床に落ちたヘッドホンを拾い上げ、透子に差し出す。

顔を上げた透子は、涙の滲む目を眩しそうに細めた。

一ノ瀬透子

虎子さん……あんな……ありがとう

お礼の言葉に被さるように、シャッター音が響いた。

一ノ瀬透子

え、何……?

音が聞こえた方を見やると、柚希が透子のノートにスマートフォンを向けていた。

一ノ瀬透子

ちょっと! 何してるの!?

柚希へ手を伸ばした透子だったが、軽やかな身のこなしでかわされてしまった。

さらに追いかけようとしても、柚希はひらりひらりと舞うようにテーブルの間をすり抜けていく。

神楽柚希

可哀想な透子さん……こんな恨みつらみに溢れた歌詞を書くなんて、ドラマに出られなかったことが本当にショックだったんですわね……

一ノ瀬透子

口元が笑ってるわよ! そんな写真撮ってどうするつもり!?

神楽柚希

せめて透子さんのこの力作だけでも、日の目をみせてあげようかと……

一ノ瀬透子

やめてー! それは個人的に書いてた詞なのよ!

神楽柚希

ならば、みなさんに見せてもなんの問題もありませんわね

言い合いを繰り広げながら、二人は狭い店の中、追いかけっこを続けている。

月城虎子

止めなくていいのかしら……

葛城天音

まあ、今は他にお客さんもいませんし。あの二人、ああなっちゃうと止められないんですよね……

月城虎子

そんな無責任な……

店員がそれでいいのかと、軽く睥睨する。

そのとき、天音とあんなから同じ通知音が響いた。

聞き覚えのあるその音は、私も利用しているメッセージアプリのものだ。

葛城天音

ん? 柚ちゃんからメッセージ?

竜胆あんな

私のところにも……っていうかこれ、グループで届いてますね

自分のスマートフォンを確認した二人は、ほぼ同時に「あっ」と声を上げた。

月城虎子

どうしたの?

葛城天音

それが……これ……

天音が見せてくれたのは、『アイドル部屋』というグループメッセージの画面だった。

そこには、先ほど柚希が撮影したであろうノートの写真が、はっきりと歌詞が読み取れる鮮明さで載せられている。

さらにその下には、小夜子という人物からの『素晴らしい歌詞なので拡散します』というメッセージと、柚希の『お願いしますね♪』のスタンプが続いていた。

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月城虎子

これは……止めなくていいのかしら……

葛城天音

たぶん、もう手遅れかと……

竜胆あんな

あ、透子ちゃんが気づいちゃった

あんなの声に、顔を上げる。

テーブルとテーブルの間の狭い通路に、スマートフォンを手にしゃがみ込んでいる透子と、その頭を優しく撫でている柚希の姿があった。

鬼ごっこは、鬼の勝利で幕を閉じたらしい。

神楽柚希

どうもお騒がせいたしました

一ノ瀬透子

うう……

神楽柚希

透子ちゃん、よしよし

一旦落ち着こうということで、私たちは六人がけの大きなテーブルに移動していた。

奥の席に私とあんなが、向かいの席には柚希、天音、透子が並んで腰を下ろしている。

店員の天音まで座っていていいのだろうかと気にはなかったものの、未だ落ち着かぬ様子を透子のためには必要な存在のようだ。

神楽柚希

改めまして、私たち、愛と元気の力で地球を救うというコンセプトのアイドル、EARTH・RAYです……とは言っても、アイドリズムの崩壊と共に事務所のアイドル部門が閉鎖されてしまって、実質上は解散という状態ですが……

月城虎子

以前は人気ユニットだったEARTH・RAYまで、こんなことになっているなんてね……

葛城天音

なんでEARTH・RAYのことは知ってるのに、私のことはわかってもらえないんでしょう……

しょんぼりと俯く天音の頭を、柚希が慰めるように撫でる。

神楽柚希

天音さん、影が薄いですから……

葛城天音

フォローになってないよお……

神楽柚希

私は女優部門に移動、透子さんは歌手部門で作詞活動やラジオパーソナリティのお仕事をもらっていますが、天音さんは芸能人オーラがなさ過ぎるせいでどの部門のお仕事も振ってもらえず、今ではすっかり普通の高校生です

葛城天音

心はまだEARTH・RAYだもん……

どうやら天音は、EARTH・RAYに多大なる未練があるらしい。

他の二人も、実質上解散という状態を歯痒く感じているように見受けられた。

月城虎子

私も、アイドル業界の現状は嘆かわしいと思っているけれど……でも……EARTH・RAYってアレでしょう?

一ノ瀬透子

アレ、とは……?

月城虎子

あの1 million musicのイロモノアイドルの、宇宙人とかロボットとか妖精の類でしょ?

竜胆あんな

ぶふっ!

隣で大人しくしていたあんなが、突然お茶を吹き出した。

月城虎子

ちょっと何してるの。お茶くらい落ち着いて飲みなさい

竜胆あんな

だって! 虎子さんが……!

何かおかしなことでも言っただろうか。

首を傾げつつ正面に向き直ると、EARTH・RAYの三人が愕然とした表情でこちらを見ていた。

月城虎子

どうしたの?

葛城天音

イ、イロモノじゃないです!

声をかけると、最初に我に返ったらしい天音が身を乗り出して抗議してきた。

葛城天音

うちの事務所は、1 million musicじゃなくて真木プロダクション! 私たちは戦隊系アイドル、アースレイ! なんですよ!

その場で決めポーズらしきものをしながら名乗りをあげてくれたが、私には何が違うのかよくわからない。

月城虎子

やっぱりイロモノじゃない

葛城天音

ちーがーいーまーすー!

天音が地団駄を踏んだのとほぼ同時に、ドアベルが鳴った。

神楽柚希

まあ。天音さんの怪獣のような地団駄でドアベルが……

葛城天音

か、怪獣じゃないよ!

一ノ瀬透子

突っ込むところはそこじゃないような……

竜胆あんな

お客さんみたいですよ

出入り口の前に立っていたのは、小学生くらいの男の子と女の子の二人組だった。

天音ー、連れてきたぞー

おにいちゃんつかれたー……あ、ショートケーキだ! あたし、ケーキたべたい!

ケーキは夜って、母さんが言ってただろ

えー、ケチー

ショーケースに収められたケーキを前にわがままを言っている女の子の姿が、パリで面倒を見ていたお嬢様アイドルと少し重なって見えた。

あの子もパティスリーの前を通る度に立ち止まっては、甘いものが食べたいとわがままを言っていたな……。

ぼんやりと数ヶ月前のことを思い返していると、

葛城天音

あー、もうそんな時間だったんだ!

と天音は焦ったような声を上げ、男の子たちのもとへと駆け寄った。

膝をついて目線を合わせ、両手で二人の頭をそれぞれ撫でる。

葛城天音

いらっしゃい。今日は来てくれてありがとうね。迷わずこれた?

とーぜんだろ!

……おにいちゃん、このひとだれ?

天音はなー……

妹に説明しようとした男の子の口に、天音はそっと人差し指を当てた。

葛城天音

しー。後のお楽しみね

男の子は少し顔を赤くして、こくこくと頷く。

幼い兄妹を、天音は店の奥の席へと案内した。

葛城天音

すぐ準備するから、ここに座って待っててね!

そう言い残すと、今度はカウンターの裏の扉へと駆け込んでいく。

神楽柚希

さて、私たちも仕度をしなくては……

竜胆あんな

何かあるんですか?

一ノ瀬透子

今日は、ミニライブをすることになってるの

月城虎子

ミニライブって……EARTH・RAYの?

神楽柚希

もちろん、それしかありませんわ

月城虎子

お店で、いつもそんなことをしているの?

ただの喫茶店ではなかったのかと驚く。

そんな私を見て、柚希は小さく笑った。

神楽柚希

今日は特別、ですわ。せっかくですから、虎子さんたちも見ていってくださいな

照明を落とした、店内の奥。

小さなお立ち台の上に、三人が姿を現した。

パッと間接照明が灯り、お立ち台周辺だけを明るく照らす。

葛城天音

アースレイ・レッド! 葛城天音!

一ノ瀬透子

アースレイ・ブルー……一ノ瀬透子

神楽柚希

アースレイ・グリーン♪ 神楽柚希

葛城天音

愛と元気の力で地球を救う全力救世主アイドル! アースレイ!

~ つづく ~

5|第5話 全力救世主アイドル

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