優華は足が遅い。
それに、女性は男よりも着物が重い。


だから、彼女に追い付くのはたやすいことだった。
その小さな手を取ると、彼女は僕の手を振り払う。


もう一度掴むと、僕は今度こそ逃げられないように彼女の体を壁に押し付けた。

壁と、僕の腕の中に彼女を閉じ込める形になる。

戴輝

ねぇ、僕がいつ嘘をついたって言うの。

こんなふうにされてもなお、彼女の目が僕に向けられることはない。

優華

いつもですわっ。あなたは、優しい方。
だから、あたしのことを、突き放すことができないんでしょう?
…でも、それがあたしには、つらいのっ…

涙をこらえるように何度も詰まりながら彼女はそう訴えてきた。

戴輝

なに言ってるの、僕が優華のこと突き放すなんて。
僕は優華のこと好きだよ。
ずっと、一緒にいてほしい。
僕が優華と一緒にいたいからいるんだ。

いい言葉なんて思いつかなかった。
だから思ったことをそのまま伝えた。

でも、それ以上の言葉はないと思っていた。

優華

ほんと?


彼女が恐る恐るといったふうにそう上目づかいで訊いてきた。

これで彼女も落ち着いた。
そう安心した僕は、自然と笑みを浮かべながら続けた。

戴輝

本当だよ。

彼女は僕のことを見つめたまま、涙をこらえるように唇を引き結んだ。

すんと鼻をすする音。
泣きすぎたせいで、彼女の呼吸は乱れていた。

優華

あたしのこと、愛してますか?

突然の言葉に、一瞬戸惑う。
 


愛してる、だなんて。

戴輝

うん、愛してる。

しかし、そんな僕の言葉に、彼女は激しく頭を振った。

優華

嘘、そんなわけない。

戴輝

どうして。

何度も否定を続ける彼女を、どうしたら納得させることができるだろう?
 
彼女は僕の腕の中で、僕の言葉を否定するように何度も頭を振る。

優華

だって、だって戴輝さまっ

顔を上げた拍子に、彼女の目からまたしても涙がこぼれおちる。

優華

あたしに、触れようとなさらないじゃない。
あたしたち、まだ本当の夫婦じゃないわっ。
本当にあたしのことを愛しているというのなら、あなたのものにしてください!

優華は顔を真っ赤にして言った。
 
普通の男なら、好いた女にこんなことを言われたらうれしいものなのだろう。


でも、僕は普通じゃない。
そんなことを言われても、つらくなるだけだ。

戴輝

忘れたの、優華。
それだけは無理だよ。

優華

どうして!

次から次からこぼれてくる優華の涙をぬぐってやりながら、その目を見つめる。

戴輝

僕は不治の病に侵されている。
人に移るものではないらしいけれど、治らないんだ。

…本当は、こんなこと言いたくなかった。
 

口にしたら、それが事実であることをまざまざと思い知らされる。

戴輝

わかってくれ、優華。
僕は、いつか優華をおいて逝く。
きっとそれは、そう遠くない。

優華

そんなの、わかりません!
わかりたくない…!

彼女は、いやいやと何度も頭を振った。
 

誰でも信じたくないだろう。
自分の夫がそんな病だなんて。

優華

嘘だわ、また嘘をついているんでしょう?
だって、戴輝さまはこんなに若くて元気じゃない!
もう、なにを信じたらいいのかわからない…

しかし、彼女がそれから紡いだ言葉は、僕の予想もしていなかった言葉だった。

優華

戴輝さまには、他に好いた方がおられるのではありませんか!
貴方なら、あたしに知られることもなく他の方のところに通うことも可能ですもの。
それに、急にあんなにたくさんの女性を迎えたのも、それを隠すためなのではありませんか!?

その言葉を聞いた時、僕は、本当に悲しかった。


そんなことを言われるなんて思ってなかった。
僕は、なによりも優華を大切に思っている。

 
だからこそ、自分の欲に耐え、彼女に優しく接してきた。

 
彼女を欲しいと思っても、彼女のことを思えば手を出すこともできなかった。
 


この気持ちが愛ではないのと言うのなら、なんと言うのか教えてほしいくらいだ。
 

僕は、こんなにも彼女を愛してる。
この気持ちを嘘だと言うのか…?
 

裏切られた気分だった。

ちゃんと言葉にしなくても、体の関係がなくとも、彼女はわかってくれているのだとばかり思っていた。



…それなのに。
 

気がつくと、その小さな唇を奪っていた。

いつもの触れるだけのくちづけじゃない。
怒りにまかせて、奪うためのくちづけだ。



力が抜けたのか、途中で優華ががくんと落ちそうになった。

それを、壁に押し付ける力を強めるのと、彼女の足の間に片足を入れるので無理やり立たせた。


しばらくして、唇を離した頃、ふたりともすっかり息が上がっていた。

戴輝

来て


まだ十分な呼吸もできていない彼女をひっぱって、僕はふたりの部屋へと戻った。

その間彼女は何度も抵抗したが、力で僕にかなうわけない。

部屋では、心配顔の侍女たちが僕たちふたりを迎えた。


いっそう泣きはらした顔の優華を見て慌てて駆け寄ってきた侍女たちを払いのけて、僕は進んだ。


寝室の戸に手をかけて、振り返って侍女たちを見やった。

戴輝

なにがあっても、決して開けるな。


そう告げると、彼女達はそれ以上追及してこなかった。
 

寝室には、すでに布団が敷かれてある。
僕はそこに向かって優華を突き飛ばした。
大きな音がして、優華が倒れこむ。


彼女がその痛みに顔をしかめ、起き上がろうとする前に両手首を左手で拘束し、その華奢な肢体を自らの体の下に組み敷いた。


自分の着物を脱いで、下着同然の姿になる。
そうしながら、優華の着物も脱がせた。

緋の袴の紐を解き、衣の前を開くと、白い肌がこぼれた。

戴輝

きれいだね、優華


その滑らかな肌に手を這わすと、彼女は体をよじって

優華

いやッ

と声を上げた。

戴輝

…いや?

優華は、怯えた目で僕のことを見ている。


僕の豹変ぶりを見て、後悔したのだろうか?


しかしもう遅い。
もう、止められない。

戴輝

優華が、こうしろって言ったんだよ?

首筋にくちづけそう言って、僕は優華の顔を盗み見た。

優華は茫然とした顔で、ただ静かに涙を流していた。


そっと、少女の唇にくちづけを落とす。

戴輝

愛してる、優華――…






愛してるんだ、優華。
ずっと君と、一緒にいたかった。


叶うわけないとわかっていても。
願わずにはいられないんだ…

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