その日は朝から臣下と大事な話があり、終わる頃には昼を過ぎていた。

疲れた僕は、優華のもとへ向かおうとしていたのだが、その途中で何人かの少女に呼び止められてしまった。


見ると、それは新しい6人の妃たちの集まりだった。
花を愛でながら、菓子や茶を楽しみながらおしゃべりに興じていたようだ。

その中には、母上の一番のお気に入りである、曄という娘もいた。

 
母上にあとから訴えられても面倒だと、僕は彼女たちの会に参加することになってしまった。


彼女たちとは知りあって日も浅いことから、あまり言葉を交わしたこともない。

かつて婚姻を失敗した経験もあり、普通の女性は僕の病気を気味悪がるものだとばかり思っていたが、彼女たちにそんなそぶりは見受けられなかった。


しかしながら、やはり女性に囲まれて話すことには慣れていないこともあり、居心地のいいものではなかった。
 
理由をつけてその場を去ろうと思ったのだが、彼女達の剣幕に負けて結局1刻以上いた気がする。


彼女たちがそろそろ話に疲れてきた頃に、大事な用があると言って席を立った。
 


その帰り、廊で珍しい人に会った。
姉上である。
 

姉上は最近の後宮は居心地が悪いと言ってこちらには訪ねてこようとしなかった。

そんな彼女がいたことに驚いたのとともに、お互い最近忙しくて会うことも減っていたので、久々に会えてうれしかった。


しかし、笑顔を向けた僕とは正反対に、姉は険しい目を僕に向けた。

春乃

この女たらしめ。

戴輝

…はい?

姉が吐き捨てるように言った言葉の意味が分からず聞き返すと、彼女は一層冷たい目をして僕の方を見た。


ここからだと庭が見える。
もしかしてあの妃たちのおしゃべり会に参加していたことだろうか。


いや、それにしても、女たらしとまで言われる筋合いはないはず。

春乃

…あまり、女を泣かせるものではない。

それだけを言い残して、姉は去っていった。

なにを言いたいのだろうと思っていたのだが、部屋に戻った僕は優華の顔を見て悟った。


優華の目は赤く腫れていた。
それは、どう見ても泣きはらした目だ。
 
それを隠すように笑顔を浮かべる少女に、胸が痛んだ。
 

優華のもとへ寄り、その頬に手を伸ばす。
頬は冷たく乾いていた。

戴輝

…どうして泣いていたの。

そう尋ねると、彼女の顔が一瞬こわばった。
ばれないとでも思っていたのか。
 
彼女は、口を開きかけ、また強く結んだ。


なにかを思案するように目を泳がした後、ふいと僕から目をそらした。

それが、拒絶のように感じられて、胸がちくりと痛んだ。

優華

…なんでも、ありません。

明らかに嘘だ。


そんな下手な嘘をついてまで、僕に隠すことがあるのか。

戴輝

こんなに目を腫らして。
そんなわけないだろ。

優華

ほ、本当に、なんでもないんです!

ぱっと僕の手を振り払う少女。
 

こんなこと、はじめてだ。
信じられなくて、僕は払われた手を茫然と見つめた。

侍女

殿下、少しは、優華さまのお気持ちもお考えください。

後ろに控えていた優華の侍女が僕にそう言った。
あの侍女が死んだあと、新しくつけさせた侍女たちだ。


昔から父上に仕えていた信用できる者をつけたのだが、いつの間にか彼女たちは僕よりも優華の味方をするようになったらしい。

戴輝

お前たちも知っていることなのか?

鋭い目を向けると、彼女たちはいづらそうに目を伏せた。
 

…なんだ、なにがあったというのだ。

優華

大したことじゃありませんわ。
戴輝さまはお気になさらないで下さい。

優華は突き放すような言葉を僕に向けた。
その言葉に反応したのは、侍女たちの方だった。

侍女

大したことじゃない、だなんて!

侍女

あれは立派な侮辱ですわ!

侍女

あの方々を許してはなりません!

侍女

よりによって、優華さまのことを、人質だなんて!

…人質。
 

僕は、はっとして優華の方を見た。
 
優華は涙をためた目で僕を見上げ、そして笑った。

優華

本当のことだわ、そうでしょう?

痛々しい、と思った。


自分を責めた。
彼女にこんな顔をさせてしまうなんて。
 

それと同時に、あの新しい妃たちに、激しい苛立ちを感じたのだ。

 
…そう、あの女たちが言ったのに違いない。
あの時の姉の言葉はそう言う意味だ。
 
大方、僕が優華のことしか相手にしないのが気に食わないのだろう。


面倒だから、いまだに夜彼女たちのもとを訪れたことはなかった。
最初の一回のみだ。
その時も、彼女たちに手を出してはいない。
 
こうなるのは時間の問題だった。

 
まだ今は言葉だけ。
しかし、これから彼女たちのいやがらせが酷くなる可能性も否めない。
その前に、なにか手を打たなければ。

戴輝

そんなことない、優華は人質なんかじゃないよ。

優華

じゃぁ、あたしは戴輝さまのなんですか?

上目づかいにそう訊いてくる彼女。
 


なんてことを訊くんだろう、彼女は。



そんなの決まっている。優華は。

戴輝

優華は、僕の一の妃。
僕が世界で一番愛している人だよ。

彼女を落ち着かせるために笑ってそう言ったのだが、彼女の機嫌は直らない。

優華

…嘘ばっかり…

それは、あまりにも小さい声で聞き取ることができなかった。

優華

戴輝さまは優しすぎます。
でも、時に残酷なの。

優華は僕の手を振り払って立ち上がった。
 
僕は、それをただ見つめていることしかできなかった。

優華

あなたは、嘘つきだわ。

そのまま、優華は部屋を出て行ってしまう。
僕はそれを慌てて追いかけながら、考えていた。


嘘ってなんだ?
いつ、僕が嘘をついた?

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