逢ふことの 絶へてしなくは なかなかに
人をも身をも 恨みざらまし(藤原朝忠)
…君に会うことがまったくなかったなら、こうして君のつれない態度を恨むことも、自らの運命を恨むこともなかったかもしれないのに。
逢ふことの 絶へてしなくは なかなかに
人をも身をも 恨みざらまし(藤原朝忠)
…君に会うことがまったくなかったなら、こうして君のつれない態度を恨むことも、自らの運命を恨むこともなかったかもしれないのに。
だんだん暑さも感じられるようになった初夏の頃。
夢では、平和な日々が続いていた。
えぇい、暇だ!!
暑さと暇さのせいで、いらいらしていたわたしは、右手に握った剣を杖代わりに起きあがった。
そんなわたしを見て、目の前の男ははぁ、と大げさな溜息をついた。
昼間からだらしなく寝ていると思えば、今度はそれですか。
男の名は蓮見奏多(はすみかなた)。
つい4ヶ月ほど前まで戦火を交えていた蓮見家棟梁の、長男。
それにもかかわらず、相続権を取り上げられ、こうしてわたしのもとに人質同然に送られてきた。
現在、わたしの夫である。
夫であるにもかかわらず、わたしはこの男の、馴れ馴れしいところとか、軽々しく可愛らしいというところとか、突然抱きついてくるところとか、気持ち悪いと罵られて笑っているところとか、とにかくいろんなところが嫌いだ。
こういう人間は理解できない。
暇なのだ、なにもすることがない!!
梅雨時期。
あの城の見取り図が外に流されそうになるという事件が起こって以来、わたしは蓮見家への疑いを確実なものに変え、必ずなにかが起こると踏んで警備を進めていた。
しかし、もうあれから一カ月以上が経つ。
蓮見家には、今のところ怪しい動きは見られない。
そして、軍務的なことがなければ、わたしにすることはない。
いや、できることがない。
実際、わたしは難しいことを考えるのが苦手だ。
政のことはいまいちわからぬ。
即位してすぐの頃は、少しでも朝議に参加し、臣下と共に政のことを考えようとしていた。
だが、はじめはわたしのために少しでも分かりやすいようにと説明をしてくれていた臣下も、回が重なる度にだんだんと説明が雑になり、ついにはその説明でさえなくなった。
そのうち、わたしも耐えられなくなって、しまいには朝議をさぼるようになった。
今では、わたしのかわりに戴輝(たいき)が参加してくれている。
そもそも、こういうことには、あいつの方が向いているのだ。
あいつは、わたしと違って頭もいい。
…幼い頃から、わたしとあいつでは出来が違った。
いつも、わたしではあいつに勝てない。
なにをさせても、結局できるのはあいつの方。
優しくて、美しくて、強く、頭もいい。
―病さえなければ、あいつは完ぺきな皇子だった。
この、風邪もめったにひかぬ、怪我もすぐに治ってしまう、無駄に頑丈なわたしの体は、まるであいつとは正反対だ。
―病を持って生まれたのが、わたしの方ならよかったのに。
そうすれば、あいつの分だなどと武芸にうつつを抜かし、このような女らしさのかけらもない女になることもなかったのだろうか。
普通の姫君のように、政や戦のことなどなにも考えずに…
だがしかし、そのような暮らしが自分に向いているとは思えない。
よぉし、おまえ、少し付き合え。
わたしは右手の刀を高く掲げて言った。
これだけ長い間一緒にいれば、それだけで彼にはわたしの言いたいことがわかったようだ。
彼は面倒くさそうな顔をしながら結局は剣を手にした。
何度も負けていらっしゃるのに。
…姫君では、私に勝つことなど不可能ですよ?
えぇい、うるさい!
今日こそはおまえに勝ってやる!
感情のまま刀を抜き切っ先を奏多の方を向ける。
しかし奏多は、その白く光る刃を目の前にしても、顔色ひとつ変えない。
いつもの余裕そうな笑顔を浮かべたまま。
それが、わたしを一層苛立たせる。
この男の顔が、喜びでも、怒りでも、悲しみでもいい。
本物の表情を浮かべるところを見てみたい。
近頃、本気でそう思うのだった。
望むところです。
そう意気込むわたしに向かって、目の前のこの美しい男は、笑みを崩さないままそう言い放った。