事態が動いたのは5日後のこと。
 
優華に使いを頼まれたという侍女の懐から、夢梨家の城の見取り図が見つかった。

こういうことが起こることは予測していた。
やっと尻尾を見せたか女狐め!
 

わたしはその夜、一室に戴輝、奏多、優華とかいう女を呼び寄せた。


それぞれ何の目的で呼ばれたかはわかっていただろう。

特に優華などは、顔がこわばり、今にも泣きだしそうだ。
 

わたしはその女の顔になんともいえない気分を味わいつつ口を開いた。

春乃

呼ばれた意味はわかっているだろう。
先程貴様の侍女の荷物から、このようなものが見つかった。

わたしはそう言って、もっていた数枚の紙を床にたたきつけた。


その音を聞いて、優華の肩がびくりと震えた。
女は震えながら寄り添う戴輝の着物の袖を掴んだ。

そのようなところが一層気に食わぬ。
そうやって今までも戴輝に媚を売り、その心を手に入れたというのか。


なんともおそろしい女だ。

春乃

隠し通路のことなども書かれていてな。
…これは、関係者にしかわかるまい。
たとえば、そう――ここに、住んでいる者など。

わたしは追い打ちをかけるように女に向って微笑みかけた。
 
女は泣きそうな目でわたしを見つめながら、とぎれとぎれの声で言った。

優華

…あ、あた、しは…、そんな、こと…っ

ついに涙があふれてしまった。


なんともあさましい。
涙を流せばなんでも許されると思っているのか。
 
悪いがわたしは、そこの男どものように簡単には騙されぬ。
 

しかし、状況はこの目の前の女に有利なものだったようだ。

奏多

姫君、まだ優華の仕業だと決まったわけではありませんよ。

戴輝

そうです姉上、そんなふうに決めかかっては優華がかわいそうです。

女の涙を見て、男ふたりは急に態度を変えた。


今まで黙ってわたしの言葉を聞いていたのに、女が泣くと、わたしの方が悪いかのようにこぞって女をかばい始めた。

 
…なんと嘆かわしい。
 
男達はすっかりこの女に騙されているようだ。
…とはいうものの、この女の異母兄である奏多の言葉など鵜呑みにはできない。

この男も同じように間者なのかもしれない。


だがその時のわたしは、なによりもまず男達がこぞって優華の味方をしたことに腹が立った。

わたしがなおも言葉を続けようとしたその時。
 

急に戸が開いて、男が入ってきた。
父の側にいつも使えていた忠臣の一人だ。

男は真っ青な顔をして呼吸を整えると、慌てたような声でわたしに申し上げをした。

臣下

蓮の侍女が、たった今自ら命を絶ったようにございます。

侍女の名はさきといった。


俺がはじめて優華に会ったときから彼女の世話をしていた女だ。


優華の母、真理亜(まりあ)がこの国に嫁いできたとき、壊れかけた小舟に乗りすやすやと眠る少女を見つけた。

少女は商船に乗っていたのだが、海賊に襲われ、家族や仲間を殺されたのだと言った。

彼女の両親は、命がけで彼女を守ってくれたのだそうだ。

襲われたことが夜中だったこともあってか、彼女はこうして無事に生き残ることができた。
 

そんな少女を哀れに思い、真理亜さまは彼女を自分つきの侍女として引き取った。
 
そういった経緯もあり、さきは真理亜さまのことを心から慕っていた。


真理亜さまが亡くなられた後、頼るもののない優華のことを、姉のように、時に母のように、愛情を注いできた者こそさき自身だった。
 

そんなさきが自ら命を絶った。
そのことは、優華にとって大きな衝撃だったようだ。

戴輝

優華…ッ?

隣で男の慌てた声がして、見ると、優華が戴輝さまの腕を握ったまま、うつむいていた。

体が小刻みに震えている。

 
戴輝さまが、助けを求めるようにこちらを見た。

だが、俺になにかをしてやるつもりはない。
さきは、優華をかばって死んだのだ。

 
俺には分かっていた。
父は、おそらく優華にも俺にしたような頼みをしたのだ。
 

父は、俺に夢梨家の弱みを握ってくるよう言った。
彼らの権威をどん底に突き落とすような話を欲しがっていた。

俺はそれを適当にあしらってここにやってきたが、優華にはそれができなかったようだ。


さしずめ、優華は城の構造を把握するよう命じられていたのだろう。


優華は父のことを恐れていた。
昔から、父は抑圧的な態度で優華に接してきた。

父は俺達のような役に立たない子供のことを普段は気にもかけず、必要な時は駒のように扱った。


あの男は、自分の役に立たない者の死に心を痛めず、自分の目的のためならその者の命を奪うことさえ厭わなかった。
 

優華は父のために働き、あの見取り図をさきに持たせた。

しかしさきは夢の者に見つかり、囚われた。


疑いは当然優華に向く。

それから少しでも俺達の目をそむけさせるために、彼女はすべてを自らの仕業だと言って命を絶った。
 

姫君はこのことを他の者に告げはしないだろう。
みすみす見取り図を描かれ、持ち出されそうになっていたなど一族の恥だ。


しかもその持ち出したものというのが皇子の妻となった蓮見の姫君だなど、醜聞にも程がある。


姫君のことだ、秘密にしたがるに決まっている。


なら、きっと彼女はこれ以上の追及はしないだろう。
 

俯いた優華の顔は血の気を失い真っ白で、姫君の顔も同じくらい白かった。
 



裏切り者は、君だったんだね――

pagetop