これは……

 俺は結ちゃんから、美由梨の名刺を受け取った。

 気づかれないようそっと振り向いた。

 美由梨は気づいていないようだった。

兄ちゃんあげる!

あっ、ありがとう

 俺は名刺を財布にしまった。

 しまった後で笑いがこみ上げてきた。

わざわざ作ってくれて助かるよ

 俺は、そんなことをつぶやくと、まことと結ちゃんとともに北欧家具のショッピングセンターに向かった。ーー

 ショッピングセンターのサービスカウンターに行った。

 俺とまことは、そこで事情を説明した。

 受付のお姉さんは、迷子センターに連絡をした。

 すぐ来てくれるという。


 俺とまことは、すべての手続きを見届けると、結ちゃんにお別れをした。

 そして後はお姉さんにまかせて、フードコート向かった。

 敦子とあん子に会うためだ。

ふたりとも『お礼がしたい』って言ってたよ。お昼おごらせてよ

ああン、気にすんなって。あたしは勝手に暴れただけだ

ふふっ。そう言われると返事が難しいよ

まあな

 まことは朗らかに笑った。



 フードコートに着いた。

 ふたりはすぐに見つかった。

 俺とまことは食べ物を買った後、そこに向かった。

よお

 まことが大らかに手をあげた。

ああ、あなたはあのときの

 敦子が大きく目を見開いた。

警察署長の娘さん

 あん子がぼそりとつぶやいた。

そこで会ったんだよ

 俺はそう言って席に着いた。

 まことは俺の隣に座ると、敦子のノートパソコンをのぞきこんだ。

なにやってんの?

株をやりはじめたんだけどね。あん子ちゃんにサイトや自動化ソフトについて、いろいろ教えてもらってたのよ

流山クンは、しばらくそれで生計をたてるらしいよ

ほんとに?

 俺は息をもらすように失笑した。

 すると敦子は照れくさそうにこう言った。

それほど切実ではないから心配しないでね。そもそも今は不景気で、鷹司関連株以外はどれも下がってるのよ

鷹司を買えば良いじゃん

 あん子があっけらかんと言った。

 敦子は眉を曇らせた。

それはたしかに儲かるかもしれないけれど。でも、なんだか気分が悪いわあ

じゃあ、ほかの会社の空売りをすれば?

まあ、株価は全体的に下がってるから、たしかに空売りがいいんだけど

なんでしないの?

だって借金するようなものでしょう? 急上昇したらとんでもないことになるじゃない

 敦子は、ため息混じりにそう言った。

 すると、あん子はおもしろおかしく、

もう、そんなこと言ったら株なんかできないよ

 と敦子を責めた。

 俺たちはドッと笑った。

 落ち着いたところで、まことがあん子に訊いた。

なあ、空売りってなに?

ええっと。空売りっていうのは、ヴァーチャルな株の売買よ。まず、持ってない株を売るの。そしてその株が下落したときに買い戻すの。そうすれば儲かるわけ。ただし、株価が上がったときも買い戻さなければならないの。まあ、そのときは損するわね

へえ、よく分かンねえけど、あんた頭いいんだな

 まことは、屈託のない笑みでそう言った。

 人に説明をさせておいて、『よく分からないけど』とザックリまとめるのも、ずいぶんと失礼な話だが、しかし、まことにはそう感じさせない雰囲気がある。

 腹が立たないというか、なんとなく許せてしまうのである。

まあ、流山クンが株をやるとか言い出したのも、そもそも鷹司のせいなんだけどね

鷹司って、さっき会った女と関係あンの?

 まことがジュースを飲みながら訊いた。

 俺はゆっくりうなずいた。

 それから事情を説明したーー……。

……ーーというわけなんだ

なるほどなあ。あの女は悪いヤツなんだな

ふふっ、ずいぶんザックリまとめたな。まあ、悪いヤツだよ

そいつを、あんたらはやっつけるわけだ

まあね。ただ、ハッキリ言ってしまえば、俺たちのターゲットは美由梨ではない。あいつはターゲットのまわりをうろちょろしている、ただの小物にすぎないよ

 報いは必ず受けさせるけど。

俺たちのターゲットは、美由梨の父。鷹司ホールディングスのCEOだ。あいつを倒さないと何も解決しない

 きっぱりと、俺は言った。

 敦子とあん子は、うなずいた。


 すると、まことが、ぐいっと身を乗り出した。

 それから俺を真っ正面に見てこう言った。

あんたらは、たしかにすごいよ。あんたらは、父さんをあっさり更正させた。あたしが必死になってもダメだったのに、あんたらはあっさり解決した。だからCEOとかいうすごいヤツだって、きっと倒すんだろう。だけど、ひとつだけ訊いていいか

ああ

なぜ、そこまでこだわるんだ?

 まことは、俺の瞳をじっと見た。

 俺は、低い声で短く言った。

クラスメイトが自殺した

理由はそれだけか

原動力だ

気分の好い話だな

 まことは、ニヤリと笑った。

 それから俺たちひとりひとりと視線を合わせてこう言った。

あたしにも手伝わせてくれないか。ぜひ、力になりたい

 まことはそう言って、いきおいよく頭をさげた。

 俺たちは、あわてて頭をあげさせた。

こちらこそ、ぜひお願いしたいよ

ほんとかっ!?

 まことのまるで太陽のような笑み。

 俺たちは、その笑顔にあたたかい気持ちになった。

 その後、食事をしながら打ち解けた。


 しばらくの後、あん子がぼそりと言った。

すこしは頭を下げられた人の気持ちが分かったかな?

あっ、ああ

 俺は苦笑いをした。

 あん子はそんな俺を見て、イタズラな笑みをした。

 すっかり打ち解けて、これから作戦でもたてようかといったころだった。

姉ちゃんお

 結ちゃんがフードコートにやってきた。

結ぃ!?

 まことが声を裏返した。

 結ちゃんは、そんなまことのヒザにちょこんと座った。

 まことが訊いた。

どうしたんだ結?

お腹すいたお

迷子センターは?

おうち帰るんだお

……逃げてきたのか?

だってお母さんが警察に行っちゃダメだって

ああン?

『ずっと倉庫で待ってなさい』って言ったんだお

倉庫ォ?

『サンパヰ』って書いてある倉庫

そこで待ってろって言ったのか?

お昼はお母さんをさがしてるお。でも、夜はちゃんとそこで待ってるんだお

 結ちゃんは、無垢な笑みでそう言った。

夜……ってことは、もう何日も

 俺たちは言葉を詰まらせた。

 なんとなく事情を察した。

 ひどくいたたまれない気持ちになった。

とっ、とりあえずお腹すいてるのよね? 結ちゃん一緒に買いに行こう?

 敦子はそう言って、結ちゃんを誘った。

 すると結ちゃんは、ニコッと笑った。

 カバンからサンドイッチを取り出した。

 そして言った。

結はこれを食べるお!

こらっ、また盗ったのか

 まことが叱った。

 すると結ちゃんは、ぷっくらとほっぺたをふくらませた。

盗ってないお。倉庫にあったんだお

倉庫に?

コロッケやトンカツもあるんだお。いつもそれを食べてるお

食品が?

 俺たちは目と目を合わせた。

 あん子がノートパソコンで調べた。

 倉庫はすぐに見つかった。

『株式会社サンパヰ』は、鬼神市の許認可を受けた産業廃棄物処理会社。場所は、ここのすぐ裏、国道沿いの倉庫街よ

結ちゃんは、そこに住んでいるのか?

ええ。防犯カメラに映ってるわ

しかし、産業廃棄物を扱う会社になんで食品があるんだ?

少し前に、サンパヰとは別の会社だけどーー。大手チェーン店が廃棄した食品を、産廃業者が転売してたってニュースになってたわ

サンパヰも廃棄食品を転売してるのか

それは分からないけど

倉庫に食品はある

 俺たちはそう言って、結ちゃんのサンドイッチを見た。

 まことがあわてて、サンドイッチを取り上げた。

 そして、結ちゃんの頭をなでながら言った。

いいか、結。倉庫の食べ物は、絶対に食べちゃダメだ。これからは姉ちゃんが買ってやるからな

ぬっ! 分かった!!

 結ちゃんは、キラキラの笑顔でそう言った。

 事情をまるで分かっていなかった。

じゃあ、買いに行こう

ぬっ! なんでもいいの!?

ああ、なんでも好いぞ

やったあ!

 まことは、結ちゃんを連れてお店に行った。

 敦子が心配そうに、その後をついて行った。

 俺はあん子とその後ろ姿を見送っていたが、やがて、

サンパヰは、市の許認可を受けているんだったな

 と、つぶやくように確認した。

 あん子がうなずくと、それからつけ加えた。

作戦は決まった。美由梨の名刺に活躍してもらおう

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