あれから数日の後、日曜の昼。

 俺は北欧家具のショッピングセンターに向かっていた。

 そこのフードコートで、敦子とあん子と待ち合わせていた。

 これからのことを話し合うためである。

 で。

 向かう途中で、まことと会った。

よお

 まことは朗らかに手を上げた。

 俺はかるく会釈した。

 すると、まことは笑顔でこう言った。

父さんが迷惑かけたな。問題は解決したか?

お陰さまで大きく前進したよ

良かったな。ていうか、その口ぶりだと、父さんを倒して終わりってわけではないんだな?

まあね

 俺は穏やかな笑みでそう言った。

 まことは可愛らしく首をかしげた。

 そのとき、何者かが、まことのそでを引っ張った。

 見下ろすと、まことの腰には幼女がしがみついていた。

その子は?

ああン、なんか一人でウロウロしてたんだよ。それで交番にでも連れて行こうかなって

結(ゆい)だお!

結(ゆい)ちゃんか。こんにちは

かわいいだろ? でもこれで案外抜け目ないんだぜ?

 まことはそう言って、結に向かって手を差し出した。

 すると結は無邪気な顔で、まことの手のひらに、ぽんと財布を置いた。

あっ!?

あんたのだろ?

うっ、うん

ダメだぞ、結(ゆい)

ぬっ! 分かった!!

 結ちゃんは、ニコッと笑ってそう言った。

 俺は、あきれたのか感心したのかよく分からない、そんな笑みをこぼした。

まあ、こんな具合に手クセも悪いし、親はいないとか言ってるからさ、交番を探してたんだよ

そうなんだ

で、あんたこれからどこ行くの?

うん、北欧家具のお店だよ

あー、あのデカいとこ。じゃあ、あたしも行こうかな

ああ、迷子センターがあるからね。結ちゃんはそこに預けるといいんじゃないかな

結ねっ! お腹すいたお!

 結ちゃんは、飛び跳ねるようにそう言った。

 俺とまことは、結ちゃんを連れてショッピングセンターに向かった。

 しばらく歩いた頃だった。

 黒く長い車が、俺たちの行く手をさえぎるように止まった。

 すうぅーーっと、窓が開いた。

 そして、なかから聞き慣れた憎たらしい声がした。

あら、あなた。こんなところで何をしているのかしら?

 それと同時だった。

 助手席から、いかつい男が降りた。

 すばやく後部座席のドアを開けた。

ほら。ぼうっとしてないで何か言いなさい

 女はそう言って車から降りた。

 不敵な笑みをした。

 美由梨だった。

こんにちは、鷹司さん

こんにちは。あら、あなた、ちゃんと挨拶できるのね?

………………

こんなところで何をやってるの?

買い物に行くんだよ

へえ、どちらに?

北欧家具のショッピングセンター

ふうん?

 美由梨はニヤニヤしながら俺の全身を舐めるように見た。

 嫌味を言ってやろうーーって感じの顔である。


 俺は大げさにため息をついた。

 そして、何かテキトーなことを言って去ろうとしたのだが、そんなタイミングで美由梨が、まことに気がついた。

あら、あなた。また女性と一緒なのね?

またって?

近藤さんと親しげに話していたでしょう?

それだけじゃないか

そう、言われてみればそうかもしれませんね。でも、なんだかあなたはいつも女子と一緒にいるような気がしますわ

…………………

 なかなか鋭い指摘、勘の鋭い美由梨であった。

ところで、そのおかたは、近藤さんとはまるでタイプが違いますね。それに高貴な生まれというわけでもなさそうですわ。ということは、やっぱり、あなた。女子なら誰でもいいのね

んんん?

 言っていることに、まったく論理性が見いだせない。

 最後の言葉が言いたくて、テキトーなことをその前に無理やり引っつけたような言いかたである。


 ヤクザの因縁のつけかたよりも強引だ。

ああ、まったく汚らわしい。なげかわしいわァ

あのなあ

それとも、そちらのおかたが、あなたに声をかけたのかしらァ?

 この美由梨の憎たらしい言いかたに、

ああン?

 まことが、あごをしゃくるような声を上げた。

 美由梨に詰め寄ろうとした。


 俺は、とっさにその肩をつかんだ。

 まことが噛みつくように振り向いた。

 俺はそれを目でたしなめると、美由梨に向かってこう言った。

俺からナンパしたんだよ。だから放っておいてくれないか

 俺はそう言って去ろうとした。

 しかしこれは逆効果、大失敗だった。

まあぁぁあああ

 美由梨の顔色がみるみる変わったのである。

あ、あ、あなた、鬼神学園の生徒がナンパなどと汚らわしい! まったく、なんということでしょう!!

………………

ええ、たしかに鬼神学園の校則は、男女交際を禁止していませんわ。でも、それは当たり前だからです。鬼神学園の生徒は成績優秀、優れた人材が集められています。だから常識で分かることをわざわざ校則に書いたりしないのです。それなのに、あなたっ!

……うん、そうだね。実は妹なんだ

はああ!?

まこと、結、行こうか。このお姉ちゃんに挨拶して

結だお! お姉ちゃんまたね!!

ははは、じゃあな

それでは鷹司さん、さようなら

 俺たちはかるく会釈をして、それから小走りでお店に向かった。


 もう色々とめんどくさい。

 美由梨には必ず報いを受けさせるが、しかし、こんなところで相手をする意味などない。接触は最小限にとどめたい。むかつくから。

 が。

 そんな俺たちの前に、美由梨が立ちはだかった。

 彼女はSPとともに、俺たちの行く手をふさいだのである。

ちょっと待ちなさい! あなた、ウソをつくんじゃありません!! その子たちはどう見たって兄妹ではないでしょう!!!!

よく似てないって言われるんだよ

服装を見れば分かります。品質に違いがありすぎます。同じ家庭の者なわけないでしょう。特に、その小さい子っ

結だお。かわいいでしょお?

 結ちゃんは無垢な笑みでスカートのすそをつまんだ。

まあ! なんてみすぼらしい!! 朽ちてゴワゴワでまるで浮浪者ですわっ

 美由梨は、まるでガムでも踏んだような顔をした。

 結が、ぐずっと泣きベソをかいた。

 俺は激怒した。

 しかし、俺が怒りをぶつけるよりも先に、まことがキレた。

てめえ、黙って聞いていれば好き勝手言いやがって

 まことはズカズカと美由梨に向かっていった。

おいっ

 SPがさっと前にでる。

 間に入る。

ぁん?

 まことの鋭い一発。

ぐはっ!

 SPは鼻をおさえた。

 ひざをついた。

 土下座をするように突っ伏した。

待て!

 俺は即座に判断した。

 ここで美由梨を殴ることはできる。

 まことならSPをすべて倒し、美由梨を痛めつけることができる。

 しかし、それだけだ。

 俺たちがスッキリしてそれで終わりだ。


 これでは何の解決にもならない。

 近藤さんの奪われた尊厳は戻らない。

 俺たちの計画は、むしろ大きく後退してしまうだろう。

俺に考えがある

 俺は、まことだけに聞こえるよう、ぼそりとつぶやいた。

 まことは、ぐっと堪えた。

 俺は、まことをおさえるように前に出た。

 そして言った。

ねえ、鷹司さん。キミはいつも高圧的で俺を見下していたけれど。でも、それはキミが俺たちと違ってお金持ちだから、それが無意識に態度に表れているからだと、ある意味しかたがないことだと、俺は思っていたけれど

なっ、なにを突然っ。でも、まあ、その通りですわ、ほほっ、ほほほほほ

最近の鷹司さんは、どうも違う。俺には鷹司さんの声が悲鳴に聞こえる。おびえてわめき散らしているように聞こえるんだよ

はぁっ!?

なあ、鷹司のオジョーサマ。ほんとはおびえているんだろう?

なにをバカなことをっ!

キミは近藤さんを自殺に追いこんだ。すると父親が学園の理事長を辞めさせられた。父親から賄賂を受け取っていた警察署長も辞任した。キミはどんどん後ろ盾を失っている

なっ!? そのことと近藤さんのことは一切関係ありませんわ!!

はたしてそうかな?

 俺は無表情、無感情にそう言った。

 美由梨は言葉を詰まらせた。


 俺はしばらく無言を楽しんだ後にこう言った。

俺は神なんか信じてないし、それにもし神様がいたとしても今さら赦してくれるとはとうてい思えないのだけれども。それでも鷹司のオジョーサマ、まあ、悔い改めなよ。そこに、ひざまづいて赦しを乞うたほうがいいんじゃないかと、俺は思うよ

バカな! 誰がそんなことをっ!!

キミがやるんだ。ここで、今すぐ

嫌よっ! わたくしは毎週教会に通っています。神の教えを知っています。そんなデタラメには付き合えませんっ

だったら、せめて結ちゃんに謝りなよ。この子に言ったことを訂正しなよ

 俺の声は、低くよく響いた。

 しかし、美由梨の心にはまったく響かなかった。

なにを無礼なッ!

 美由梨は悲鳴を上げて、俺のほほをひっぱたいた。

 俺は侮蔑に満ちた目で、美由梨をじっと見た。

 美由梨は、叩いたままの姿勢で固まった。


 ビンタした美由梨が誰よりも驚いていた。

行こう

 俺はそう言って、ショッピングセンターに向かった。

 美由梨を大きく避けて歩いた。

 まことは、結ちゃんの手を引いて後に続いた。

 口をとがらせていた。

 そんな俺たちに向かって、美由梨は言った。

わっ、わたくしだって! こっ、これから買い物ですわ!! 市長の再当選祝賀パーティーが、明日、わたくしの家でありますのっ。まっ、まあ、名刺すら持っていないあなたたちにこんなことを言っても、祝賀パーティーに出席することの凄さは理解できないとは思いますけれどっ!

 美由梨は早口でそう言って、狂ったように笑った。

 俺たちはそれを無視した。

よく我慢したね

あんたを信じてる。なにか考えがあるんだろう?

まあね

 俺たちは目と目をあわせると、微笑みを交わした。

 すると結ちゃんがそでを引いた。

 俺たちが見ると、結ちゃんは無垢な笑みでこう言った。

兄ちゃん、コレ!

 結ちゃんの手には、美由梨の名刺が握られていた。

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