ルック・ワールド・ノクトビション

僕の貴重な活動時間にごちゃごちゃ何やってんだよ。その胸糞悪い言葉を吐く口を閉じないなら殺すぞ。

 舞い降りたその人物が身に纏っているのはその口調の悪さにそぐわない、どこかの貴族かと思うような赤いタキシードで、整った顔立ちをしていた。
 されど、それほど身長は高くないようで、160cmちょっとぐらいであろうか。
 正直腕っぷしで私の腕を掴んでいる男を倒せるとは思えない。

なんだ? このガキ。
ガキがコスプレして出歩くような時間じゃねぇんだよ。
俺とこのねぇちゃんは今から夜のお楽しみなの。邪魔しないでもらっていいか?
このクソガキ。

 もうなんというか。
 嫌悪感しか湧いてこない言動だった。

ルック・ワールド・ノクトビション

そんなに夜のお楽しみがしたいなら僕に任せなよ?

悪いな。俺に男色の趣味はないんだよ。
分かったらとっとと失せな。ホモガキくん?

 悪態に悪態を重ねるその男に少年は呆れたように深いため息をついた。

ルック・ワールド・ノクトビション

あーあ。お前みたいな欲に飢えた男は正直こっちから願い下げなんだけど。
まぁでもここまで言われるとねぇ。

あんだよ、まだ文句あんのか、あ?

 男がガラ悪く凄んだその次の瞬間だった。

 少年が突然に男の首筋に噛みついたのである。
 今まで気づかなかったが、常人に比べて若干ではあるが犬歯が鋭く、長かった。
 その牙が男の皮を破り、太い血管から血を抜き取っている様を私はまざまざと見せつけられることになった。

な、なにすんだてめぇ!

 男は必死にもがいて少年の小さな体を突き飛ばした。しかし、貧血を起こしているのか首筋を押さえてふらついたかと思うと、膝をついて荒い呼吸をしている。

ルック・ワールド・ノクトビション

やっぱり、クソまずいな。
心が腐ったやつは血も腐ってやがる。

なんだ、この状況は。
私はただ茫然と目の前で起こった出来事を眺めていることしかできなかった。

ルック・ワールド・ノクトビション

とっとと失せろ。出血多量で死にたくなかったらな。

く、くそ! 覚えてろよクソガキ!

そんな漫画の悪役のようなセリフを残して男は首元を抑えて走り去っていった。

紅原 瞳

あ、あの……

私は衝撃で言葉を失っている。
否、衝撃で思考を失っている。

ルック・ワールド・ノクトビション

お前かな

彼は唐突に言った。
その神々しい、あるいは毒々しいほどの美しい緋眼には妖しげな光が灯っていた。

紅原 瞳

えっと私前に会ったことあり――

まとまらない思考でなんとか返答しようとした瞬間。

紅原 瞳

へ、え、ちょっと!?

なんと、その少年は私を急に抱きすくめたのだった。
少年の美しく柔らかい金髪が頬に触れて心地よい感覚がしたのは一瞬のことで、混乱と羞恥で頭の中がガランガランと音を立てている。

ルック・ワールド・ノクトビション

黙って。一瞬で終わる。

紅原 瞳

一瞬で終わるって、一体何を……!?

混乱と羞恥が言いしれぬ恐怖へと変わり、体ががたがたと震える。
少年は私の首筋あたりに顔をうずめると、息を吸い込むようにして、口を開いた。

そしてその鋭くとがった犬歯を私の首筋に突き立てて――

紅原 瞳

や……やめ……!!

私が叫ぼうとしたとき、少年の動きが止まった。

ルック・ワールド・ノクトビション

……薄いな。香りが。

小さく言った少年は私を離すと、背を向けた。

紅原 瞳

あ、あの……。

ルック・ワールド・ノクトビション

勘違いだったみたいだ。
あんたはどうもアレと似たような香りがする。
けど、それにしては香りの強さが薄い。

紅原 瞳

アレって……。

香り、と言っても何か分からない。
私の疑問に少年は答える気はないようで、そのまま歩いて行ってしまう。

冷たい風が吹いたかと思うと、少年の姿は暗闇に飲まれていった。

そっと首筋に手を当ててみるが、そこにはなんの傷もついていない。

ということは、あの少年は私の首に噛みつく前に離れたということになるのか。

私はへたり込むようにそこにあったベンチに腰掛けた。公園の中央にそびえたつ時計塔は2:30を示している。あまりここに長居しないほうがいいだろう。

だが、身体が動こうとしない。
それは恐怖や困惑によるものではあったのだろうけど、しかしそれだけではなかった。

それは惚けているというか、何かに魅了されているような感覚で。

そうして、結局私が家に向かって歩き出したときには3:00を過ぎていた。

 

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