“Eternal Bloom”のメンバーは、全員同じ家に住んでいる。

広いリビング、キッチン、生活するのに必要な最低限の設備を備えた個人の部屋と、練習のためのスタジオまで備えた大きな建物である。

メンバーがそこに住むことを取り決めたのはリーダーの将さんで、一度も破られたことはない。

建物が建ったあの年――兄さんが自ら命を絶った次の年から、一度として。
 
家に帰った時、玄関で俺を迎えてくれたのは将さんだった。

心配したという風な表情で、将さんはずぶぬれの俺にタオルを渡してくれた。

それから、それだけでは満足がいかなかったのか俺の髪をタオルで覆った。

ここに戻ってからずっと、俺のことを待っていてくれたようだ。

河﨑将

早く戻ってこないと。心配したでしょ?
…ゆっとくけど僕だけじゃなくてきょーくんやのんちゃんや心平君だって…――…

俺のうしろに目をやった将さんが固まった。

大きい目を、一層大きく見開いている。
口もあんぐりと大きく開けたままで、間抜けであることこの上ない。

こんな将さんははじめて見る。
まあ、いつも冷静な将さんがそんな表情になってしまうのも仕方はない、としよう。

家に突然、スーツケースをふたつも引いた少女が出てきたら誰だって驚くというものだ。

河﨑将

廉、くん…?

園山廉

いぇ、あの、えっと…違くて

この家には、彼女は連れてきてはならない。
決まり事としてあるわけじゃないけど、暗黙のルールというやつだ。

この人は彼女じゃないし、いくらきれいだからってこの人と付き合うなんて絶対に嫌だけど、この状況ではそう思われても仕方がない。
 
なんと言ったらいいのだろう。

さっき初めて会ったばかりの人に、脅されてメンバー全員がいるこの家に連れてきました!

…とでも言えというのだろうか。
こんなの正気じゃない。

いまどき、そんな親切は褒められたものじゃなし、そもそもこの家は俺ひとりのものじゃないし。

麻生芹奈

え…将、くん?

俺が考え事をしている時、ぽつりと彼女が呟いた。

まずい、いや、気づくだろうとは思っていたけど、やっぱ気づいちゃった!?

麻生芹奈

うっそ、あんたって、もしかして“トワバナ”のメンバーなの!?

そして、やっぱり俺には気づいてなかったのか。

トワバナというのは、Eternal Bloomの和訳、“永遠の花”の略である。
つまりうちのバンドの愛称だ。

麻生芹奈

あたし“トワ仔”なの!
小学校の時響サマの歌声に一聴き惚れしてからずっと好きで――

それから、“トワ仔”というのはうちのファンの女の子たちの通称だ。

ちなみに割合的には低いけど、男性ファンのことは“花男”という。

なんてことだろう、俺はファンの子にシェアハウスの所在地をばらしてしまった。

…あとで心平さんと高木さんに殺られる…!

河﨑将

え、え…?廉くんて妹いたの?

と、彼女の相手だけでも大変なのに、将さんまでわけのわからないことを言い出してしまった。

園山廉

いや、あの、いないの知ってますよね?…てかそっち…

河﨑将

あ、道の途中で分裂してきた?

園山廉

…え、ん?…は、はい?

河﨑将

あ、それともあれかな、この人はすっごい大きな置物とかかな!

園山廉

…………………

これはあれだ。完全に頭のねじが取れている。
 
その対処方法がまったくわからず突っ立ったままの俺に、うしろから感心したように不審人物が話しかけてくる。

麻生芹奈

すご、将くんてほんとに天然なんだ

河﨑将

うわぁ、しゃべってるぅ

これは本当にマズイ気がする。
こんな時はどうすればいいんだっけ?

必死に頭を働かせようとするけど、俺も混乱しているのか全く頭が働かない。

どうしようと思ったその時、将さんのうしろにひょっこり現れた人物が将さんにするどいツッコミを入れた。

初瀬響一

違うでしょ、しょーくん。あれは廉のオンナだよ

将さんのうしろから現れ、そう言ったのは、英語のプリントの入ったサルエルに、オペラレッドのTシャツというラフな格好ながら、それでもばっちり決まって見えてしまう、カリスマ――

麻生芹奈

きょ、響サマだ…

うしろで、彼女の震える声がした。

…もしかして、と思った次の瞬間、彼女は俺の横を素早く通り過ぎて、気がつくと響一さんに抱きついていた。

初瀬響一

ぅわぁっ

響一さんはふいうちに驚きながらも彼女の小さな体を抱きとめていた。
 
…やっぱり。
こうなるかなっては思っていた。

麻生芹奈

あの、あたし麻生芹奈(あそうせりな)っていいます!響サマの大ファンでっ。
小学校のとき一聴き惚れしてっ、それであのっ…

彼女はもう半分泣きそうな真っ赤な顔のままそう言った。
 
うわー。なんだろうこの。俺の時とは違う反応は…

初瀬響一

あ、そうなの?…まぁ、どうでもいいんだけどとりあえずどいてくんない?

抱きつかれた当の本人は、いつもの笑顔のままそう言ってのけた。

本当、いつみても完璧なアルカイックスマイルで、なにを考えているのかまったく分からない。

…でもきっと、今は困っているんじゃないかな?

初瀬響一

ねぇ、廉。いいの、これ?

その証拠に、俺に助けを求めてきた。

園山廉

…別に、その人と俺、なんでもないんで

俺はなににというわけでもなくなんだかイライラしてきて、思わずそう言っていた。

初瀬響一

そう

と言いながらも、困ったような笑みを浮かべる響一さんとは裏腹に、彼女は憧れの響一さんに抱きとめてもらえてすごくうれしいようだ。

にこにこというよりもにやにやと形容した方が似合いそうな笑顔は、もう美少女が崩れたというより気持ち悪いレベル。

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