園山廉

あ、…すみません

昔のことを考えながら歩いていると、人にぶつかってしまった。
俺は慌ててぶつかった相手に謝った。

その相手、つまり中年の眼鏡をかけたサラリーマンが、俺のことを不審そうに見ている。

瞬間、なぜだろうと思ったが、彼の持っている傘を見て、自分がずぶぬれになっていることに気がついた。

ずいぶん長い間濡れていたようだ。
髪は濡れそぼり、体も冷え切っているらしく、指先の感覚がない。

俺は、慌てて外していたフードをかぶり走った。


どこか雨をしのげるところへ入ろう。

ファミレスか喫茶店、と考えて、俺は自分が財布もケータイも持たずに飛び出してきたことを思い出した。

これは困る。雨風を凌ぐ方法はなにかないだろうか。


しばらく走ると、人気のない公園に出た。
俺はしばらく、ひとりになりたかったのだ。
 

あの日も、こんな雨の日だった。


メンバーがやる気で無いこと、また雨が降っていたこともあって、俺は学校が終わってから練習にもいかずにすぐ家に帰っていた。

コンビニで買ったメロンソーダとポテチを口にしながら、さして興味もないバラエティ番組をなんとなく見ていた。
 

そんな時だった。
あらあらしく部屋のドアが開いて、誰かが入ってきた。

父さんだ。
ほかに誰がいるわけでもないけど、父さんがこんな時間帯に帰ってくることは珍しい。


俺は何事だろうと思い、父さんの表情を伺った。
父さんは走ってきたのだろうか、肩で息をしながら、俺の目をまっすぐ見て準備するよう言った。

園山廉

なんの準備だよ?

訳が分からず笑った俺に、父さんは決定的な一言を放った。

父さん

あいつが――、健が、死んだそうだ

父さんの言葉の意味が分からなかった。
 

嘘だ。そんなわけない。
俺は何度も言った。
 

兄さんが死んだ?そんなことあるはずがない。
そんなこと信じるもんか。
 

俺は兄さんの姿を見るまで、父さんの言葉を信じてなかった。
 

病院の、まるで別世界のような純白の部屋で、兄さんは眠るように死んでいた。
 

兄さんを見つけたのは、響一さんだった。

真面目な兄さんが練習に来ないのを怪しんで、兄さんの部屋に行ったらしい。

浴室で手首を切って倒れている兄さんを見つけ、響一さんは慌てて救急車を呼んだが、その時にはもう手遅れだったという。   
 

あれから、4年近い月日が経つ。

――が、いまだに、兄さんの自殺の理由はわかっていない…。
 

どんっという衝撃の後、べちゃっと嫌な音が聞こえて、俺は我に返った。

いよいよ雨は本格的になってきていて、俺はもしかしたら濡れながら帰るはめになるかもしれないなと感じる。


そんな雨の中、誰かが倒れていた。
どうやら俺とぶつかってしまったことで、盛大に転んだらしい。

その人はそれから勢いよく起き上がると、うつむいたまま動かなくなった。


よく見るとワンピ-ス姿。女の子だ。
もしかして恥ずかしさのあまり泣いちゃっているとか…。

俺は心配になり、雨の中彼女に近づいた。
 

その時の行動を、俺は後悔することになる。

園山廉

ごめんなさい…あの、大丈夫ですか?

そう俺が声をかけると、彼女がぱっと顔を上げた。

俺は驚く。

涙をこらえた顔で俺を見つめるその人は、息をのむくらいにきれいな少女だったのだ。

たぶん俺とそう年齢は変わらない。

そんなにきれいな少女が、こんな雨の中傘もささずに、よく見るとこんな大荷物を抱えて、こんなところでなにをしているのだろうと俺は不審に思った。


そんな俺に向かって、彼女は…

麻生芹奈

ちょっと!なにしてくれてんのよ!
あんたのせいで服が汚れちゃったじゃない!!

そう言われ見ると、運悪く彼女が着ていたのは白の愛らしいワンピース。

公園の遊歩道で派手の転んだせいで泥で汚れてしまっている。

麻生芹奈

責任取んなさいよ!あんたんちで着替えさせなさい!

園山廉

へっ!?…いや、さすがにそれは…

見知らぬ女の子を連れて帰ることなんてできるわけがない。
 
どうやったら彼女から逃げることができるだろう。
そろそろ雨に打たれ続けるのもつらくなってきた。

このままだと風邪ひいてしまう。
みんなに迷惑をかけてしまう。

せめて建物の中に入りたい。
でもどうやって…。


一生懸命考える俺のことなど見えていないかのように、彼女は更なる暴挙に出た。


すなわち、満面の笑顔でこう宣言したのだ。

麻生芹奈

男ならいいわけなんてしないで!さっさと案内しなさい!!

その時彼女が意地の悪い笑みを浮かべていることに気づいた。

そっか、この子は、俺が気が弱くて断れない男だって知っててこんなこと言ってるんだ!!
 

しかし、そうわかってはいても、俺は結局強く断ることが出来ないのだった。

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