夕顔の女の素性がはっきりとは確かめられない状況だったので、源氏の君は御自身の素性を明かそうとはいたしませんでした。
身なりもわざと粗末なものになさって、いつもは牛車に乗られるのに車から素性がわかってはいけないと歩いて向かわれます。
その御姿からはこの女との恋が遊びではないことが窺われます。
惟光はその御姿を健気に思い、自分の車を差し上げ熱心に手伝いをするのでした。
真面目な人でも恋愛の道においては乱れることがあるとは言いますが、源氏の君も例外ではなかったようです。
昼間逢わないうちも何度となく夕顔の女のことが思い出され、逢いたくて仕方がなくなるほどでした。
私が心を乱すような女ではないと何度も御自身に言い聞かせなんとか心を落ち着かせようとされますが、思うようにならないのが恋というものなのでございます。
慎み深い女でも、思慮深い女でもありません。
しかし歳に似合わず幼く無邪気な姿に、これまで逢ったどの女とも違う魅力を感じ、源氏の君はその御心の空虚を埋めるようにこの女に溺れていったのでした。
素性もはっきりとはわからない。
中将の君の申していた昔話のようにこの女が突然姿をくらましてしまったなら、今の私には追う術もないのだ。
そう不安に思われるほどでした。
もう遊びの恋では済まないまでになっていたのです。
これほどまでに素直に誰かを愛するなんて、初めてのことだったのでしょう。
源氏の君はそしてこの女を二条の御邸に迎え入れたいとお思いになりました。
世間がどんな噂をしてもかまわない。
この女を妻にしたいと思われたのでした。
それは満月の美しい晩のことでした。