これは、源氏の君が六条の方へこっそりお通いになっていた頃のお話です。
源氏の君の乳母をしておられた大弐の乳母と呼ばれる方がいらっしゃいました。
この方は重い病を患われ、それを機に出家なさり、五条で尼として静かにお暮らしになられていたのでした。
内裏から退出なさる際、源氏の君は休息所としてこの大弐の乳母の家へお立ち寄りになりました。
すると門が閉まっていたので、従者に中にいるはずの惟光(これみつ)を呼びに行かせることになりました。
惟光はこの大弐の乳母の息子にあたる男で、源氏の君にとっては乳兄弟、同時に信頼する部下でございました。
それをお待ちになっている間、周りの家々を見ていると、どこからか視線を感じます。
それは乳母の家の隣にある家からでした。
掛けてある簾の陰から、数人の女がこちらを覗いているようです。
忍びのお越しでしたから、御車も地味にされていたので、私が誰かなどわからないだろうと源氏の君はお思いになって、少し大胆に向こうの様子を窺い返します。