女はあの歌のやり取り以来源氏の君からの御手紙が途絶えてしまったことを嬉しいと思うように努めていました。
あのまま忘れられるのも哀しいが、あのように強引な誘いがずっと続くのも困りものだと思っていたのです。
ですが、それと共に自分のような中流の人妻が高貴な御方に思いを寄せられるという夢のような出来事を、忘れることのできない自分がいたのでした。
そんなこともあり、その頃女はいつも物思いにふけっていて、夜もあまり寝付くことが出来ずにいました。
その晩、皆が寝静まった後になって、源氏の君が忍んで来られたことにも、この女はいち早く気づくことが出来ました。
その歩き方から男であることはわかります。
それに加えて高貴な薫物の香りが夜風に乗ってやってきました。
こんな女のもとへ忍んで来られるような、物好きな高貴な方はあの方くらいしかいらっしゃいません。
女は隣で眠る義理の娘を残し、静かにそっと部屋を出たのです。
そうとは知らず源氏の君は女の寝室へお入りになりました。
源氏の君は寝所に女一人しかいないのをご覧になり安心なさいます。
そっとそばにより声を掛けますが、あの冷たい女にしては大柄なような気がします。
それに全く目覚める気配のない鈍感な様子……源氏の君はやられた、と悔しい思いをなさいます。
あの冷たい女は自分の身代わりを残して消えたのです。
きっと近くで息をひそめ、こちらの様子を窺っているのに違いありません。
世間体ばかりを気にして源氏の君の御誘いを断るような女です、そもそもそう簡単にあの女を捕まえることが出来るはずもなかったのです。
しかし、ここで引き下がるわけにもいきません。
間違って他の女のもとへ忍んだなど、とんだ恥です。
ここは自分の素性がばれないようにやりすごそうと、起きた身代わりの女と契ってしまわれました。