源氏の君

“帚木の 心を知らで 園原の 
 道にあやなく 惑ひぬるかな”

…近づくと消えてしまうという帚木のように、貴女の気持ちも知らず近寄ってしまった私は、貴女の心がわからず園原の道を迷っております。

“数ならぬ 伏屋に生ふる 名の憂さに
 あるにもあらず 消ゆる帚木”

…卑しい家に生まれた私ですから。見ることはできても触れることの叶わない帚木のように、貴方の前から姿を消すだけなのです。

なんと冷たい女でございましょう。
源氏の君の贈られた歌に対し、そのような返事をしてまいりました。

その夜床に就きながら、源氏の君は小君に珍しく弱った御姿をお見せになりました。

源氏の君

このように人に憎まれることはあまりないので、今日男女の仲の辛さというものを知り、もう生きていけないと思うほど哀しいのだ。

と源氏の君がおっしゃるのを聞いて、小君は心を痛め涙を流しました。

源氏の君はひどく冷たい女だとお思いになりながらも、このまま諦めることもお出来にならず、どうにかして逢う機会を設けてくれと小君に頼むのでした。
 

小君は幼いなりに考えたようです。

紀伊守(きいのかみ)が任国に下り家を空けているうちに、夕闇に紛れて源氏の君を紀伊守邸へお連れしたのです。


格子から、女二人が碁を打っている様が見えました。
あれがおそらくあの伊予介(いよのすけ)の妻である女なのです。


あの時は真っ暗闇の中言葉を交わしただけであったので、姿形はあまりわかりませんでした。

こうして見ると、小柄で痩せていて、大したことのない女です。

それよりも一緒にいる女の方が、若くて色白で華やかな顔をしています。


しかし一方で少し大柄で、暑いとはいえ着物を着崩している様子などははしたないと思われました。

碁を打つ様もどこか下品であまり好ましくないものでした。
 

それと比べればあの冷たい女の方が、年長である分落ち着いていて良い女だと思われるのでした。

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