女は紀伊守の父伊予介(いよのすけ)の後妻でございました。


中流の家の娘によくある結婚です。
父娘ほどに歳の離れた伊予介と女は、あまり仲睦まじい夫婦ではないようです。


女にはまだ幼い弟がいまして、方違えの際源氏の君はこの子をご覧になっていました。


それを思い出された源氏の君は、その女の弟を自分のもとへ引き取りたいとおっしゃったのです。


これからはこの弟君を小君と呼びましょう。


この小君は両親を亡くし姉のもとで御世話になっていたので、源氏の君からそのようなお話をいただいて喜んだようです。


まわりからの反対もなく、数日後に小君は源氏の君のもとへ参上なさいました。

源氏の君

”見し夢を 逢ふ夜ありやと 嘆くまに 
 目さへあはでぞ ころも経にける”

さっそく源氏の君は女に向けての歌を小君に持たせました。


源氏の君の字はとても美しく、手紙からはこの上なく高貴な香りが漂っています。


女はこのような素晴らしい手紙をいただくのは初めてでしたので感激して涙を流されました。


好きでもない男と結婚するしかなかった自分の境遇を恨めしく思ったせいでもあるかもしれません。


それからも源氏の君からの御手紙は小君によって何度も届けられました。

このような御手紙を読む女などおりませんとお伝えして

弟から手紙の催促がある度女はそう冷たく返しておりましたが、本心では源氏の君の御気持ちを嬉しく思っていました。
はじめは戯れと思っていたので、まさかここまでしていただけるとは思ってなかったのです。


しかし相手は帝の深い御寵愛を賜る高貴な御方、もともと身分が釣り合いません。


若く美しい、身分もあるあの方に比べ、自分は若くもなく、器量も人並み、出自も中流の家。そのうえ結婚までしているのです。


そんな自分があの方と結ばれたとて、後々どうなることか。
大した後ろ盾もない自分があの方の妻にでもなれば、苦労することは目に見えています。


飽きが来て捨てられでもしたら、それこそ世間の笑いものになってしまいます。
 

そう考えてしまうと、どうしても軽々しく返事をすることが出来ないのでした。

私がここまでしているというのになんと強情な女だ、と源氏の君はお思いになります。


しかし、そういう女だからこそここまで惹かれるのかもしれない、ともお思いになるのでした。
 

女のつれなさを忘れようとするかのように、源氏の君は小君を可愛がられます。


なにをするにも連れていき、大切に養育なさるその御姿は、まるで父子のようでございました。

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