中将の君

式部のところには、もっと面白い話があるのでは?

と中将はそれまで話を聞くだけだった式部丞に話を促されます。
式部丞は

式部丞

私のような下の下の人間は、聞く価値のある話など持ち合わせておりません。

と言って断りなさるが、

中将の君

早く早く

と中将が催促なさるので考え込んでいる御様子です。

式部丞

私がまだ文章生でございました頃、ある博士のもとへ通い学問を習っておりました。
その博士には娘がいらっしゃって、そのうち親しい仲になったのです。
博士の娘だけあって学のある方で、平仮名も使わず漢文で手紙を書かれるような方でした。
この方と付き合ううち宮中で仕えるのに役に立つような知識も自然と身につきまして、私はその方を師と仰ぎ、長い付き合いをしておりました。

面白そうな話だ、と中将は続きと促します。

式部丞

ですが、妻にするのにはふさわしくない女性でした。
あまりにも賢すぎる女性だと、私のような無学の者は、劣等感を抱くだけです。
そう思いしばらく通っていなかったのですが、ある日何かのついでに向かうことになりました。

するといつもの部屋に入れてもらえず、物を隔てて会うことになりました。

私が長く通わなかったから嫉妬でもしているのかと思い、ちょうどいいのでこれを機に別れようと思ったのですが、この賢い女は恨み言の一つも言ってきません。

『最近風邪が酷いので、薬草を飲んでいるのです。その匂いが酷いので面会はご遠慮ください』ともっともらしく言うのです。

式部丞

面倒であったので帰ろうとすると、『この薬草の匂いが消えた頃にまたお越し下さい』と女が言ってきます。

そこで私が
『“ささがにの ふるまひしるき 夕暮れに   ひるま過ぐせと いふがあやなさ”
私が来るとわかっていながら、蒜(ひる)の匂いが酷いので昼間が終わるまでお待ちくださいと言うのはおかしいではないか。どのような言い訳だ』と言うと、

『“逢ふことの 夜をし隔てぬ 仲ならば 
  ひる間も何か まばゆからまし”
一夜もあけず逢っていれば、蒜の匂いがするからと恥ずかしがったりする必要もないのですよ!』

と返してきましたが、いやはや、流石と言うか早い返歌でした。

 と淡々と式部丞がおっしゃるので、皆様興醒めしてしまい、

中将の君

嘘だ

源氏の君

もっとまともな話をせよ

と御咎めです。
すると式部丞は

式部丞

これ以上珍しい話がありましょうか。

と澄ましてお答えになるのです。

式部丞

そもそも、男も女も自分の知識をひけらかそうとするからいけないのです。
女であれば尚更あまり良い気がしません。
本当に賢い人は、知っていることも知らないふりをして、言いたいことも我慢するものなのです。

と式部丞がおっしゃるのを聞いて、源氏の君は藤壺の宮のことを思い出されます。

今日話していたことを思っても、あの方はなにをとっても不足することが無く、かといって出過ぎたこともなく、理想の女性であると思われます。
 

結局この夜ははっきりとした結論が出ることもなく、皆様で御話を楽しまれ、夜を御明けになりました。

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