中将の君

では、今度は私の愚かな体験談をしましょう

と中将のお話が始まりました。

中将の君

昔の話です。
こっそりと通う女がいました。
長く通ううち情が湧いてきて、女の方も私を頼りにしているようなそぶりを見せてきました。

あまり通わない私に恨み言も言うことなく、いつでもきちんとしたもてなしをしてくれる女をだんだん愛おしいと思うようになっていったのです。

そのうち娘も生まれ、一層愛おしく思うようになっていったのですが、…私の正妻のこともあり、足繁く通うこともできずあまり構ってやることもできませんでした。

中将の正妻とは以前も申し上げましたが右大臣の姫君でございます。

中将は政敵とも言える左大臣の息子でもありますし、東宮の外祖父となられた右大臣は当時随一の権力者でいらっしゃいました。

この正妻殿を大切に扱わなければならないことは言うまでもありません。

中将の君

後になって、この正妻のそばに仕える者が、女に酷いことを言ったと聞きました。
ひどくおっとりとした、気の弱い女でしたから。

そういうところが守りたいと思い愛おしく思うところだったのですが、女は思いつめ、将来を悲観したようなのです。

私に撫子の花と共に手紙を送ってきました。
そこには、

“山がつの 垣ほ荒るとも 折々に 
      あはれはかけよ 撫子の露”

と、歌が一首詠まれていました。


私は慌てて女のもとへ向かいました。
荒れた寂しい家で女は泣いていました。

いつものように恨み言のひとつも言うことが無かったので、安心した私はまたしばらくその女から遠ざかっていましたが、そのうち女は跡形もなく姿を消してしまったのです。

昔を思い出されているようで、中将の御顔はなんとも寂しそうでございました。

中将の君

まだ生きていれば、貧しい生活をしているのでしょうね。
年月も経てあの女への思いも薄れてきました。

…ですが、撫子のことだけが忘れ難いのです。

撫子、おそらく娘御のことでしょう。
しんみりとした空気があたりに流れます。
色好みと名高い中将の君にそんな悲恋話があったとは驚きでした。

しかし一転中将の君は笑顔になられると、

中将の君

まあこのように、嫉妬しすぎな女も良くありませんが、心を隠して堪える女も良くないというわけですよ。
あの女も、もう少し自分の気持ちをはっきり言う女であったならば、まだ関係は続いていたかもしれません。

いやはや、結局理想の女など現実にはいないのですよ。
どんな女にも欠点はありますし、良いと思うところがかえって悪いふうに働くことだってあります。

欠点のない女となると、天女を娶るしかないのですかね。

と言って笑い話になさいます。

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