それからも話は白熱していきます。源氏の君も自然と目をお覚ましになった頃、

左馬頭

私の若い頃の話をいたしましょう

と左馬頭がおっしゃいました。

左馬頭

まだ下級役人であったころ、ある女のもとに通っておりました。
たいした女でもありませんでしたし、若い頃の浮気心もあって他の女のもとへも通っていたのですが、これが嫉妬深い女でして。
もっと穏やかな女でいたならばと思うこともありましたが、どうしてそこまで私のことを思ってくれるのだろうかと愛おしく思うこともありました。
もともとこの女は真面目な女で、自分の不得手なことも努力するような女でした。
負けず嫌いな女でしたからね。

私に嫌われないためにと一生懸命化粧をし、私に恥をかかせないようにと人の前では慎ましく振る舞う。
一心に私の世話を焼いたりもしてくれました。

左馬頭は懐かしそうに微笑まれます。

左馬頭

あれよりも良い女はいましたが、それでもあれを一番に思っていたのはそういう愛らしいところがあったからです。年が経つと性格も穏やかになっていきましたが、それでもやはり嫉妬深いところだけは治りませんでした

皆様興味津々にお聞きになっておられます。

左馬頭

そこで私は、一度懲らしめてやろうと考えたのです。
聞き分けは良い女でしたから、私が一度怒ったふりをして別れを切り出せば、捨てられては困ると泣きつき、性格を改めると思ったのです。

左馬頭

ある日いつものように女が恨み言を言ってきたので、『将来出世したその時お前をいつか正妻に迎えようと思っていたが、お前がいつまでもそんなふうにあることないこと疑ってかかるのであれば、もうこれ以上堪えられない。別れよう』と言いました。

するとどうでしょう。
『出世を待つのは堪えられます。しかし、いつ消えるかもわからない貴方の浮気心を疑って暮らすのはうんざりです。別れ時だと私も思います』と申すではありませんか。

私も腹が立って言い返すと、私の手をとり指に噛みついてきました。
もう我慢できませんで、私は女の家を出て行きました。

左馬頭はそこでふう、と息をつきました。

左馬頭

ひとりになって頭を冷やすと、馬鹿なことをしてしまったと思うのです。
本当は別れる気なんてなかったのに、感情に任せて酷いことも言ってしまいました。

家に帰っても心は晴れません。
自分の帰るべき家はあの女の家だったのだと思い知るだけでした。

しばらく経って、もう怒りも冷めただろうと思われる頃、私は女の家に向かいました。
女もそれがわかっていたのでしょう。
女は実家に帰っているとかで不在だったものの、ちゃんと準備は整えられていました。

しかし…私も若かったので、自分から謝ることのできず、ぐずぐずしているうち、女は病に倒れ、亡くなってしまったのです。

左馬頭は力なく笑いました。

左馬頭

今思えば、あれほどいい女はいませんでした。
真面目で可愛げがあって、職人のような素晴らしい着物を作る女だったのですよ。
家事の腕は逸品でしたから。

…もう、今更何を言っても仕方ないのですが、悔やまれて仕方ありません。

なんとも寂しげな様子です。中将は

中将の君

確かに、それほど家事に優れた女はいないでしょう。
そんな女こそが早死してしまう世の中なのだから、いやはや、良妻を見つけるのは難しいことですよ。

と場を盛り上げます。

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