翌日。私たちはまた3人で過ごした。

 消灯時間が近づくと、小夜はジムに行った。

 寝具店は、私といつきのふたりだけになった。

智子ぉ?

うーん?

眠れるぅ?

眠れない

だよねえ

 私たちは、同時にため息をついた。

 それから枕を抱いて、うつ伏せになった。

 顔をつきあわせた。

たぶん、あまり運動してないから眠れないんだよ

ショッピング・モールに、こもりっぱなしだもんね

そうそう、運動不足だよ

小夜が『お姉さんに格闘技教えてもらうんだ』って言ってたよお

言ってたねえ

一緒にやる?

えっ

 私はいいや。


 そう思って愛想笑いをした。

 すると、いつきはそんな私の表情を読みとった。

 まるでお母さんのようなため息をついた。

 それからこう言った。

ほんと、智子はやらなくなったよねえ

なにが?

武道とか格闘技

やらなくなったというか、昔からやってないし

そうだっけ?

うん

あんなにケンカ強かったのに?

それって、いつの話?

んー、幼稚園かなあ? 小学校上がる前

そんな小さい頃にやってるわけないじゃん

そっか

それにケンカなんかしてないし

んー。でも、いつも男子泣かしてなかった?

そっ、それは男子が、いつきを泣かせるからだよっ。……たぶん

あー、そういえばそうだった。私、いつも泣いてたっけ

そうだよ。それで私が怒ってたんだよお

 別に、つかみ合いのケンカをしてたわけじゃない。

 私は、だんだんと思い出してきた。

智子、あのとき格好良かったなあ

やめてよ

それに懐かしいなあ

まあ、こうやって2人で話すのも久しぶりだもんね

小夜が転校してきてからは、ずっと3人だもんねえ

 いつきはそう言って、私のほっぺたをつねった。

 私がおどけて、ほっぺたをふくらませると、いつきはクスリと笑った。

 そして言った。

小夜って転校してきた日に、木に登ってたよね

そうそう。たしか4年のとき、学校の帰り道だった。小夜が木に登って降りられなくなってたんだ

そこに私と智子が通りかかったんだよお

で、助けようってことになったんだよね

そうそう。それで智子が登ったの

助けるために登るって、よく分かんないんだけど

とにかく智子は登ったんだよお

そして、ふたりとも降りられなくなった

 私たちは目と目をあわせると、じわあっと笑った。

 しばらく笑っていた。

それで、私が助けを呼びに行ったんだけど

そう! 思い出した!! いつき、ひどいんだよお

えへへ

泣きながら商店街のほうに歩いていってさあ、それで全然帰ってこないんだよ

ごめんね。だって泣いてたらお腹すいちゃって

そう! 結局、小夜とふたりで飛びおりてさあ。いつきを探したんだよ?

ほんとごめん

もう、交番でアイス食べてるんだもんなあ

 私は、ぺちんと叩いてそう言った。

 いつきは、可愛らしく舌を出した。

ほんと何やってたんだよお

というより、小夜はなんで木に登ってたんだよお

ああそうだ

というか、4年じゃなくて、5年の時だよお

あっ、そうだった

私たち、5年生にもなって何やってんだろ

ほんとそう。私も助けるために木に登るとか、わけ分かんないよ

 そんなことをぼやいたら、今度はいつきにぺちんと叩かれた。

 それから、いつきは私の手をにぎった。

 しあわせそうな顔で天井を見あげた。

 そして言った。

あのときからだよね

小夜とも仲良くなったんだよね

私たちずっと一緒だよねえ

うん

智子、格好良かったなあ

そう?

うん。智子はね、ずっと私のヒーローなの

 いつきは、ため息をつくようにそう言った。

 私は、ぼんやりと天井をながめた。

智子は、いつも男子から守ってくれたし、小夜だって助けたし

それだけじゃん

痴女のクイーンだってやっつけた。それに渋谷の人たちをはげました

それはまあ……

智子は、私のヒーローなんだよお

うーん

 私は困り顔で、いつきを見た。

 すると、いつきは私のほほにかかった髪をやさしく払った。

 それから、うっとりと目を細めてこう言った。

智子は、いつも演劇で王子さまだったよね

いつきは、いつもお姫さまだったじゃん

えへへ。もしかしてお姫さまがよかった?

えっ、うん

私は、智子のお姫さまがやれて嬉しかったなあ

私だって、お姫さまがやりたかったよお

 ちょっとだけスネて言ってみた。

 いつきはクスリと笑った。

もしかして、王子さまが嫌で髪を伸ばしたの?

えっ、うん

あっ、ほんと!?

……実はそう

そうだったんだあ

まあ、小夜が来てからは、小夜が王子さまだったけどさあ

うん

すごく活き活きしてたよね →

そうそう。それによく似合ってた

 それなのに小夜は女の子らしさもしっかり持ち合わせていた。

 私が髪を伸ばしたのは、王子さまが嫌だというのもあるけれど、そんな小夜に憧れたというのもあったのだ。

ねえ、智子おぼえてる?

ん?

『彼氏ができたときに備えて練習しよう』って

え? なにそれ?

『彼氏ができたときに失敗しないように、デートの練習をしよう。腕を組んで歩いてみよう』って智子がさあ

あーっ!

 なんて黒歴史を思い出すんだ。

 私の全身から嫌な汗がどっと噴き出した。

智子は結構ノリノリでさあ。腕を組んだり、手を握って歩いたりしてたよねえ

うっ、うん

だんだん盛り上がってきて。テンション上がりまくっちゃって

うん

智子が『キスしよっか?』って言って

ほんとごめんっ!

 私は心から謝った。

 まさかこんなふたりきりのときに、あの黒歴史を持ち出すなんて思いもしなかった。


 私は寝返りをうって、いつきを真っ正面に見た。

 すると、いつきは私のほほをすくうようにさわった。

 その状態のまま、穏やかな笑みでこう言った。

ううん。あのときは結局、止めちゃったけどね。でも、私はキスしてもよかったんだよ?

………………

だって智子は、私のヒーローだもん

…………ごっ、ごめん。いつき

ううん、いいの。私、なに言ってるんだろ。こんなこと言ってごめんね

うっ、うん

 私は大きくツバをのみこんだ。

 それから寝返りをうち、あおむけになった。


 いつきは、おそるおそる私の腕に手をそえた。

 私がそのままにしていると、いつきはするっと私のわきに滑りこんできた。

 そして言った。

でもさあ、智子。もしかしたら私たち、一生彼氏ができないかも

うーん。いつきはモテるから大丈夫だよお

そんなことないよお。それに街がこんなことになっちゃったしさあ

あー

 彼氏とかそれ以前の問題として。

 男の人が消滅する可能性があるのか。

 女体化して、痴女となって。……。

ねえ? 一生、彼氏できないのかなあ

うーん

一生、キスできないのかなあ

…………

それは嫌かな

私だって

 そう言って顔を向けると。

 いつきの顔が、すぐそこにあった。

ねえ

 いつきは、くちびるをねだるようにあごを上げた。

 甘えるように身を寄せてきた。

 瞳がうるんでいた。

 ヤマイダレさんと同じシャンプーの匂いがした。

 そして、レモンのような香りが口からもれていた。

いつき

うん

 いつきはメチャクチャ可愛かった。

 こんな可愛い子にこんなことをされて興奮しない男がいれば、そいつはホモである。

 私は断定した。

 それくらい、いつきは可愛かった。

しかし

 私は女の子だ。

 女の子に興味はない。

そうだよ

 いつきは、私のことをヒーローだと言うけれど。

 カッコイイと言ったけれど。

 でも、私だって彼氏がほしいのだ。

 男の人と恋愛がしたいのだ。

うん

 私は、たしなめるような目で、いつきを見た。

 くちびるが、ぷるんぷるんで美味しそうだった。

あっ

あっ

 思わずくちびるを重ねてしまった。

 いつきが身をすくめた。

 キスした私のほうが驚いていた。

ごっ、ごめん

ううん

ほんとごめんっ

 私は心から謝罪した。

 しかし謝罪しながらも、私の腕は、いつきの背中にまわっていた。

 無我夢中で、いつきを抱き寄せた。

 頭のなかが真っ白になった。

うれしいよ

 いつきが、かすれた声でそう言った。

 いつきの白蛇のような腕が、私の首にからみついた。

 いつきは全身を投げ出すように抱きついてきた。

 一心不乱に、ほっぺたをこすりつけてきた。

 私たちは、こすりつけあった。

 愛をぶつけ合う、というより、欲望をぶつけ合っていた。

 そして私たちは、この理性を失ったままの状態で、一線を越えてしまうのかと思われた。


 が――。

やっ

んぅ

 私たちは快感に身をよじった。

 それからシーツを抱いて飛び退いた。

ブラしてないから

当たっちゃうね

 私たちの胸の先っちょに、オトナびた刺激がはしった。

 そしてその刺激によって、突然、私たちは理性を取り戻したのである。


 ギリギリのところで踏みとどまったというべきか。

危なかったね

うん、危なかった

 私たちは、同時に寝返りをうった。

 そうやって顔を背けて、しかし仲良く手を握り、そしてそのまま眠りにつくのだった。

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