………………

………………

 ふたりを、とてつもない虚無感がおそった。

 永遠にも感じる静けさがふたりをつつみこんだ。


 が。

 重低音がそれを破った。

 横から叩きつけたような衝撃がした。

ヲロシヤの特殊部隊だ。乗りこんでくる

……うん

おい、しっかりしろ。殺られるぞ

でも

 女は、うつむいた。

 視線の先には、痴女の残がいがあった。

 女は、その残がいに母国の未来を視た。


 死にもの狂いで戦って、いったい何になるのか――女はそう思った。

俺は、あきらめぬ

 男はカタナを抜いた。


 甲板には、ヲロシヤ国の特殊部隊があふれている。

 男に銃口を向けている。

 そして特殊部隊の後ろには、金髪青眼の大男がいる。

………………

 明らかに隊長である。

ふっ

 男は大男に向かって、不敵な笑みをした。

 それから甲板に向かって、低く鋭く飛んだ。

 金髪青眼の大男の眼前に着地した。


 びゅっとカタナを振った。

 そうやって血を飛ばした。

次は貴様だ

 男の後ろでは、特殊部隊のすべてが音もなく倒れている。

面白い

 大男は、ニヤリと笑った。

 コブシを振りおろした。

 男はそれをカタナで防いだ。

 しかし、吹っ飛ばされた。

 男は船室まで飛び、床に突っ伏した。

盗んだモノを返してもらおうか

ふんっ。貴様らの魚雷で、たった今、砕け散ったところだ

かまわぬ

ならば食らえっ

 男は、痴女の残がいから腕の部分をつかみ、それを大男に投げつけた。

 大男は、不意をつかれた。

ぐはっ!?

 痴女の腕が、大男の胸に刺さった。

 大男は、血を噴いて仰け反った。


 しかし、言葉を失ったのはヒノモト国のスパイ――男と女のほうだった。

 大男が生きているだけでなく、女体化したからだ。

バカなっ!?

 大男は艶めかしく腰をくねらせた。

 大男……いや、元・大男は顔をあげた。

うふぅん

 まるで人形のような整った顔の、しかもぞっとするほど肉感的な美貌であった。

痴女か? 痴女の腕から、なにか感染したのか!?

………………

オトコ、オトコがほしいのぉ

 元・大男は、そう言ってしゃがみこんだ。

 ぺちゃぺちゃと口のまわりを赤く染めて、特殊部隊の死体をもてあそんだ。


 もてあそばれた死体は、なんと、よみがえった。

 しかも女体化していた。

気味の悪いヤツめ

 男は銃を拾うと、それを元・大男にむけた。

 ガン!

 撃った。

 しかし死ななかった。

 ガン! ガガガン!!

 男は何発も撃った。

 それでも、元・大男は死ななかった。

オトコがほしいぃ

 元・大男は顔をあげた。

ちっ

 男と元・大男の目と目が遭った。

 ふらふらと元・大男が寄ってきた。

なるほど、そういうことか

 男は、ひとりうなずいた。

………………

 しかし、女は肝をつぶさんばかりにおどろいた。

おまえは、これを持ってヒノモト国へ帰れ

 男は、床に転がる痴女のもうひとつの腕を、スッパリ斬り離した。

まかせたぞ

 男はそう言って、女に『腕』を手渡した。

奥に魚雷艇がある。おまえなら、あれでヒノモト国にたどりつける

うっ、うん

 女は大きくうなずいた。

 しかし、状況をまったく理解していなかった。

 彼女は、意味不明の連続に、すでに冷静な判断力を失っている。

 喪心して立っているのもやっとである。

ヤツは俺が食い止める

 男は、はげますようにそう言って、女を無理やり魚雷艇に乗せた。

 バシュン!

 魚雷艇が発射した。

 女は、しばらくするとその棺桶のような魚雷艇のフタを開いた。

 身を乗りだし、はるか後方の船を見た。

 その瞬間、船が爆発した。

………………

 そして、数十分後――。

 痴女の腕を抱いた女が、陸軍に保護された。

 ヲロシヤ国の究極兵器が、今、ヒノモト国の手に渡ったのである。

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