すまない……

私が腕を引っ張ると、ピッタリ本棚にはまっていた体がようやく抜けた。

こんな所で一体ナニしてたんだろうこの人……。

大丈夫ですか?

ああ……

見た目は凄く綺麗な顔立ちで、背も高くハーフモデルみたい。

なんだ?
オレの顔に何かついてるか?


思わず見とれてしまっていた。

い、いえ……

オマエ……

あのクソメガネの女か?

はっ?

クソメガ……

クソメガネだ……

はぁ……?


メガネって……まさか二之継さんの事?

あの、メガネって二之継さんの事ですか?

ああ、そういえば
そんな名前だったな……あの、クソメガネは……

二之継さんのお知り合い?

っていうか、この人……誰かに似てる……。



ああ、あの時の人だ。


一之臣さんといる時に会った人……。

かぁ~のじょ、どったの~?

あの、二之継さんのお友達ですか?

友達? 違う……。

オレはあのクソメガネの……しゅくめっ……

噛んだ……

宿命のライバルだ……

なんだろう、見た目は本当に完璧なのに、中身ちょっと残念な人みたい。

いいか、クソメガネに伝えろ……

オレは逃げも隠れもしない、いつでも勝負を受けると……

えっ……はぁ……

里沙さん?

あっ!
二之継さん……ちょうど良かった、この人が……

この人?
どの人です……?

振り返った一瞬で既にその人はいなかった。


周りをよく見てみると、遠くの本棚に、脱兎のごとく走りゆく黒いパーカーの後ろ姿がうっすら見える。

に、逃げた……

今、二之継さんのお知り合いだという方が……

知り合い?

あの、黒いパーカーの顔立ちの整った……

二之継さんは眉間に皺を寄せて、一瞬何か考える素振りを見せたがまたすぐに笑顔に戻った。

私の記憶にはそんな人物はおりませんので、きっと何かの間違いでしょう!

は、はぁ……?

本当に?


どう考えても知り合いみたいな感じだったけど……。

それより
里沙さんに見せたいものがあるんです

見せたいものですか?

さっきの人の事が少し気になりながらも、私は二之継さんに手を引かれ別の本棚の方へと進んだ。


やがて足を止めた二之継さんの目の前は、絵本の棚だった。

可愛らしいお姫様の描かれた表紙や、綺麗な花の表紙の本。


その中の一冊の絵本が、ちょこちょこと歩み出て来て私の足下でお辞儀をする。

はじめまして、こんにちわ

えっ、あっ、こんにちわ……

小さな女の子の声だ。


その表紙には『お菓子のおうち』というタイトルと色鉛筆で描かれた色鮮やかな可愛いイラストが描かれている。

読んでもいいかな?

うんいいよ!

さ、里沙さんも一緒に

元気よく返事する『お菓子のおうち』の絵本を、二之継さんはそっと手に取る。

私は絵本をのぞき込みながら、二之継さんと肩が触れそうな程の距離にいる事にドキドキしていた。



表紙がゆっくりとめくられる。

すると一瞬にして、辺りには甘い香りが広がっていった。

わぁ……

そして気がつけば……


私の目の前には、絵本そのものの、お菓子のおうちがあった。

スゴイ、本当にお菓子のおうちだ……

ピンクのマカロンの飾り。

屋根はチョコレート、壁はビスケット、ホイップクリームのお庭。

気に入って頂けましたか?

は、はい!
スゴイです!!

良かった……里沙さんとの約束でしたから……

約束?

ええ、里沙さんは覚えていらっしゃらないでしょうけど……

多分、また封印されている記憶の中でした約束の事なのかな……。

あなたが小さい時に好きだった絵本
覚えていますか?

あっ……『ヘンゼルとグレーテル』……

それなら微かに覚えている。

お菓子のおうちに行ってみたいって、小さい頃絵本を読むたびに言っていたっけ……。

そのお菓子のおうちを私がプレゼントするのが、約束だったんですよ。

良かったら食べてみて下さい

えっ!? これ、食べれるんですか……?

もちろん

戸惑いながらも、私は目の前にあったホイップクリームの乗ったカップケーキを手に取った。

おうちの前に停めてあるスポンジケーキの自転車に乗るそれは、恐らくベルなんだと思う。

ほ、本当にコレ、食べていいんですか?

ええ、その為のお菓子のおうちですから

私は思い切って、パクリとカップケーキを一口食べてみる。

すると──

なんともいえない、至福の味が口の中いっぱいにひろがっていく。

おっ、美味しい……

神世(ココ)に来てから私、なんだか美味しいものばかり食べてる気がする……。

良かった……

一生懸命作った甲斐がありましたよ

えっ!?

作った?
これ、二之継さんが作ったんですか?

はい。

この絵本は私が描いたんですよ

そ、そうなんですか!?

ええ、でもただ絵を描けばいいというものでもありません。

ちゃんとスイーツを研究して作れるようにならないと、本の中で再現出来ませんので……

おかげさまで趣味はお菓子作りになってしまいました

少し照れながら笑う二之継さんは、いつもとちょっと違う柔らかい雰囲気がする。

このお菓子たちは里沙さんの為に全部作りましたので、どうぞいっぱい食べちゃって下さい

えっ!?

で、でも、食べたらなくなっちゃうんじゃ……

そうしたら、また作りますから……

さぁ、どうぞ

そう言われて、窓枠のチョコレートを少し割って食べてみる。

お、美味しい~……

お庭の土はチーズケーキ、フワフワと浮いてる雲はコットンキャンディー。

本当に夢みたい。



少し味見をしたりしつつ、私はおうちの周りや中を探検した。

どうですか?

お菓子のおうちのお味は?

はい!

すっごく美味しいし、幸せです

それは良かった

子供の頃の夢が叶っちゃいました!

今度、私が作った他のケーキやクッキーも是非食べて頂きたいです

もちろんです!
私、甘いものには目が無いですから……

そう、私が言うか言わないか──


ふいに、二之継さんは真剣な表情になると私の唇に唇を近づけた。

…………

えっ……キスされちゃう……?

けれど、二之継さんの唇は私の唇には触れずに、頬をペロリと舐めた。

クリーム……付いてましたよ

へっ!?

はっ、はい……ありがとうございます……

あまりの事に、私はしどろもどろになった。


二之継さんはそんな私を見て悪戯に微笑むと
耳元で──

……キスして欲しかったですか?

そう囁いた。

えっ!?
あっ!

ち、ちが、違います!!

オーバーなほどに両手を振って、私はそれを否定した。

顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。

そうですか……私はしたかったんですが……

そろそろ時間のようですから……

えっ?

暗転、そしてまた本棚の前に周りは戻っている。

『お菓子のおうち』の表紙は、僅かにお菓子が食べられていた。



するとそこへ──

姫様~! 大変です!

姫様~!

一人の狐面さんが、そう叫びながらこちらへ走って来た。

姫様~、三之丈様が~!

大変でございます~!!

えっ?

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